HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC’s Video Archive

Vol. 6

馬定延 MA Jung-Yeon

東京藝術大学大学院映像研究科修了(博士・映像メディア学).著書『日本メディアアート史』(アルテスパブリッシング,2014),共編著書『SEIKO MIKAMI:三上晴子ー記録と記憶』(NTT出版,2019),論文「光と音を放つ展示空間-現代美術と映像メディア」(『スクリーン・スタディーズ』,東京大学出版会,2019),共訳書『Paik-Abe Correspondence』(Nam June Paik Art Center, 2018)など.現在,明治大学国際日本学部特任講師,多摩美術大学研究員,韓国『月刊美術』東京通信員.
https://researchmap.jp/snowshoerabbit/


個人的な話で恐縮ですが,今年で40歳になりました.まだまだ「不惑」とは程遠いですが,いままでを振り返りつつ,これからを考えながら2020年の時間を過ごしています.そのためかもしれませんが,ICC開館以来23年間のアーカイヴの中で最初に目が止まったのは,私と同じく1980年に生まれた毛利悠子*1 と三原聡一郎*2 のアーティスト・トークでした.「コネクティング・ワールド:創造的コミュニケーションに向けて」展(2006)のアーティスト・トークのなかで,二人は2003年から開始した《ヴェクサシオンーc.i.p.(コンポジション・イン・プログレス)》について話しています.この作品は,エリック・サティ(Erik SATIE:1866-1925)の作曲した《ヴェクサシオン(Vexations)》を題材にしています.モチーフを連続して840回繰り返し演奏するようにという指示がついているこの曲は,今年の春,イゴール・レヴィット(Igor LEVIT:1987–)というピアニストによるライヴ・ストリーミング演奏註1 でも話題になりました.レヴィットは人間の身体と精神に限界まで負荷をかける演奏を通じて,パンデミック時代のアーティストたちが直面している危機を喚起しました.それに対して毛利と三原は,繰り返し作業が得意なコンピュータに「再生 (環境音を含む)録音 解析」を反復させること――で,予測不可能な創造性を提示しています.二人が連名で作品を発表したのはこの作品限りですが,この文章を書いている8月現在,毛利はGinza Sony Parkで「SP. By yuko mohri」註2 というプロジェクトを進行しており,三原は「日産アートアワード2020」展註3 に参加しています.


翌年の2007年に,私は韓国から日本に留学生としてやってきて,藤幡正樹*3(1956–)のもとで研究をはじめました.ICCが開館した1997年のインタヴューを見ると,いまの自分とほぼ同じ年齢の恩師が,表現メディアとしてのコンピュータを使ってきた制作経験にもとづいて,21世紀のメディアと美術の関係性について明瞭に言語化しています.新しいテクノロジーによって世界をもう一度見直し,自分と世界との関わりのあり方を作ることは,自分の恩師の作品世界の一貫したテーマだったように思われます.インタヴュー後半では,まだインターネットが普及していなかった時代,インターネットというメディア空間と美術鑑賞の構造をとらえた作品《グローバル・インテリア・プロジェクト》註4(1996)にふれています.ヴァーチュアルな世界が現実世界のなかでアクチュアリティを持つようにするメディアのデザインや,コミュニケーションを拓くことで見える世界という言葉は,新型コロナウイルス感染拡大による社会の変化のなかで,さらなる批評性を帯びるようになったのではないでしょうか.


芸術は同時代の社会を映し出しながら時代とともに変化します.後に『日本メディアアート史』註5 という本になった博士論文を書いていた頃,いちばん苦労したのは作品の背後にある文脈の理解でした.日本社会と歴史に対する知識がなかったのはもちろん,作品発表当時の技術に対する感受性を想像することが容易ではなかったからです.YouTubeなどの動画サーヴィスにおいてコンテンツがまだ充実していなかった2000年代後半,HIVEは時間軸のなかでアーティストの実践を俯瞰できる貴重な資料源でした.そのなかで,キプロス生まれのアーティスト,ステラーク(Stelarc:1946–)*4 のライヴ・パフォーマンスを取り上げることができるでしょう.1997年当時の最先端技術を新しいものとして感じることはできないとはいえ,映像からは色褪せないライヴ・パフォーマンスのアクチュアリティが伝わってきます.余談ですが,学会で偶然ステラークの隣に座って対話をしたことがあります.あの有名な「第三の耳」註6 を移植する直前の時期で,彼は下準備のできている腕を見せながらようやく実現できるようになったと嬉しそうに言いました.手術を引き受ける医者を見つけたと安堵する彼の姿が,インプラントのため病院を探していた自分の親の姿と重なって,「身体は廃れた(The body is obsolete)」という,彼のポスト・ヒューマン的な言明を身近なレベルで考え直すようになりました.


メキシコ出身のラファエル・ロサノ゠へメル(Rafael LOZANO-HEMMER: 1967–)*5 は,時代とともに変化する技術的な文脈と作品の受容について非常に意識的なアーティストのひとりです.彼のホームページには,各作品とそれらを鑑賞する観客の様子とともに技術的環境に関する詳細な情報を収録した動画が公開されています.「アート・ミーツ・メディア:知覚の冒険」展(2005)のトークで,ロサノ゠へメルは,山口情報芸術センター[YCAM]註7 の開館記念企画として制作されたインタラクティヴ・プロジェクト《アモーダル・サスペンション飛びかう光のメッセージ−(Amodal Suspension)》(2003)註8 をはじめ,自作について語っています.当時の携帯電話がもっていた潜在力を,彼のいう「関係性の建築(relational architecture)」の次元まで拡張させたプロジェクトだといえるでしょう.なぜかモニターに顔だけを拡大して映して遠隔で参加しているアーティスト・トークの様子が,Zoomなどを介してコミュニケーションを取り合っている現在の風景と類似していることも面白いです.


上記の4本の動画は,いずれも残った記録を通じて接したものです.ICCの会場で観客として参加したイヴェントの中で忘れられないのは,ダムタイプ *6《S/N》 をめぐる,浅田彰*7 ,高谷史郎*8 ,ブブ・ド・ラ・マドレーヌ*9 ,高嶺格*10 のアーティスト・トーク(2008)です.1994年に初演された《S/N》は,ダムタイプの中心的なメンバーのひとりであった古橋悌二*11 (1960-1995)の遺作《LOVERS―永遠の恋人たち》 と表裏をなすともいわれる舞台作品で,後にインスタレーションなどとしても展開されました.2008年当時,ICCでは《S/N》の特別上映会が開催され,同じ建物の3階にある東京オペラシティ アートギャラリーでは《LOVERS》が展示されており註9 ,トークの終了後に一部の登壇者と観客は3階に移動しました.暗闇のなかで亡霊のように現われては消え,また現われる人物たちの映像,そしてそれらとほとんど見分けがつかなかった登壇者たちのシルエット.過去と現在,虚像と実像が溶け合う風景を眺めていたあの時間は,自分のなかで「歴史」という言葉が「同時代」と結びついた瞬間でもありました.翌日にもう一度訪れた《LOVERS》の前で,このような作品にまた出会えるのであれば美術の研究を続けたいと思いました.
――いまだに鮮明な記憶ですが,もう10年以上の前のことですね.


[註1]^ YouTube ”#igorpianist - Erik Satie Vexations”
https://www.youtube.com/watch?v=Uu_03mUPgHU

[註2]^ Ginza Sony Park「SP. by yuko mohri」
期間:2020年7月20日(月)—8月26日(水)
https://sp-yukomohri.com/

[註3]^ 日産アートアワード2020
会期:2020年8月1日(土)―9月22日(火・祝)
https://www.nissan-global.com/JP/CITIZENSHIP/NAA/

[註4]^ 藤幡正樹+NTT 《グローバル・インテリア・プロジェクト》
NTT インターコミュニケーション'95「on the Web —ネットワークの中のミュージアム—」
https://www.ntticc.or.jp/ja/feature/1995/The_Museum_Inside_The_Network/revival/fujihata/gip-j.html

[註5]^ 『日本メディアアート史』
著:馬定延,アルテスパブリッシング,2014年12月20日発行
ISBN: 978-4-86559-116-3

[註6]^ ステラーク「第三の耳」
http://stelarc.org/?catID=20242

[註7]^ 山口情報芸術センター[YCAM]
https://www.ycam.jp/

[註8]^ YCAM vimeo ‘Amodal Suspension - Relational Architecture 8’
https://vimeo.com/56354903

[註9]^ 東京オペラシティ アートギャラリー「トレース・エレメンツ ──日豪の写真メディアにおける精神と記憶」展
会期:2008年7月19日(土)—10月13日(月・祝)
https://www.operacity.jp/ag/exh96/j/artist.html

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ 毛利悠子
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/mohri-yuko/
*2 ^ 三原聡一郎
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/mihara-soichiro/
*3 ^ 藤幡正樹
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/fujihata-masaki/
*4 ^ ステラーク
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/stelarc/
*5 ^ ラファエル・ロサノ゠ヘメル
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/rafael-lozano-hemmer/
*6 ^ ダムタイプ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/dumb-type/
*7 ^ 浅田彰
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/asada-akira/
*8 ^ 高谷史郎
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/takatani-shiro/
*9 ^ ブブ・ド・ラ・マドレーヌ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/bubu-de-la-madeleine/
*10 ^ 高嶺格
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/takamine-tadasu/
*11 ^ 古橋悌二
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/furuhashi-teiji/

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