HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC?s Video Archive

Vol. 1

久保田晃弘 KUBOTA Akihiro

1960年生まれ.多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授.東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了,工学博士.数値流体力学,人工物工学(設計科学)に関する研究を経て,1998年から現職.世界初の芸術衛星と深宇宙彫刻の打ち上げに成功した衛星芸術プロジェクト(ARTSAT.JP)をはじめ,バイオアート(BIOART.JP),自然知能と知能の美学,ライヴ・コーディングと自作楽器によるライヴ・パフォーマンスなど,さまざまな領域を横断・結合するハイブリッドな創作の世界を開拓中.芸術衛星1号機の「ARTSAT1:INVADER」でアルス・エレクトロニカ 2015 ハイブリッド・アート部門優秀賞をチーム受賞.「ARTSATプロジェクト」の成果に対し,第66回芸術選奨の文部科学大臣賞(メディア芸術部門)を受賞.


1997年のICC開館に際して制作され,現在HIVEウェブサイトでその一部が公開されているICC映像コレクションには,多くのインタヴュー・シリーズが収められている.インタヴューされているのは,ジェフリー・ショー*1やロイ・アスコット*2,ピーター・ヴァイベル*3といった,メディア・アートの歴史を作った人びとやアーティストたちのみならず,イリヤ・プリゴジン*4のような科学者,スラヴォイ・ジジェク*5のような哲学者,そして建築家や映画監督,医者や批評家なども含まれていて,さまざまな分野の知識人が,当時の技術や芸術文化をどう考えていたか垣間見ることができる.今それらを改めて見返してみると,そのいずれもが,おそらくは当時とは違った観点から,さまざまな思考や議論を生み出してくれる,今なお新鮮なものに感じられる.そこでまず,このICCインタヴュー・シリーズの中から,ジャロン・ラニアーのインタヴューを取り上げてみたい.


ラニアーはちょうど,2017年に出版したVR創世記の私的ドキュメンタリーである『Dawn of the New Everything』が,谷垣暁美さんの訳でみすず書房から出版されたばかりである(『万物創生をはじめよう―私的VR事始』註1 ,とても面白い本です!).このインタヴューでは,ディスプレイの中に体験者の身体を表示し,それをネットワークで結んだ「汎用シミュレーション・マシン」としてのVRの思想が,1985年にVPLリサーチ社を設立したラニアー独自の視点で(本の内容と重なるかのように)語られる.とりわけ興味深いのは,ラニアーがWWWの可能性を信じながらも「インターネットが人間を映し出す巨大な鏡であり,そこに映るものの多くは邪悪なものだ」と考えていたことである.その見立ては今日のフィルター・バブルやフェイク・ニュースによって,まさに現実のものとなってしまったが,むしろ「そのことを人類がきちんと見ることができれば,それはかなりの朗報である」と続く,それでも人間の根源的な善性に希望を見出していたことが,今なお心に響いてくる.

ラニアーはまた,最初のVRはテルミンであり,VRをつくったのが音楽家だと語る.確かに,音というメディアや音楽を生み出す行為は,その時代時代の新しい文化と技術のハイブリッドを,いち早く現実のものとしてきた.ICCの主任学芸員の畠中実が,音楽批評家であるだけでなく演奏家でもあることから,ICCのプログラムには,視覚芸術だけでなく,音楽やサウンド・アートが同等にフィーチャーされている.2000年にICCで開催された「サウンド・アート―音というメディア」はその皮切りとして今なお重要な展覧会の一つとして挙げられるが,それに先立って1999年の冒頭に開催された「mego@ICC」も,その後のICCの活動を特徴付ける重要なイヴェントであった.HIVEにはこのイヴェントにおける数多くのライヴ・パフォーマンスが残されていて,そのいずれもが90年代に生まれた,ラップトップ・ミュージックの多様な位相を体現している.ここではその中から「ファーマーズ・マニュアル」のヴィデオを挙げたいと思う.


ラップトップ・ミュージックは,サウンド・パフォーマンスにさまざまなものをもたらしたが,なかでも最も重要なのが,コーディングとハッキングであった.ウィーンという,クラシック音楽の伝統を象徴する街から生まれたMEGOというレーベルの中で,ファーマーズ・マニュアルというグループは,オーディオ&ヴィジュアルという視点だけでなく,プログラム・コードという素材から,さまざまな知覚の場を生成する.それは,70年代や80年代の即興やノイズとも,アカデミックなコンピュータ音楽とも異なる,新たなメディア体験=文化の誕生でもあった.

テクノロジーによる新しい音楽文化の創出,という意味ではMEGOに先立つこと20年,70年代のドイツ音楽のシーンは,音楽文化において幾度となく言及される,重要なムーヴメントであった.中でもクラフトワークやタンジェリン・ドリーム,カンやノイ!と並んで私たちの耳にインパクトを与えたクラスター(ハンス=ヨアヒム・レデリウス,ディーター・メビウス)が,2010年にICCで行なった講演会は,彼らの肉声を聞くことができた稀有の機会であっただけでなく,ディーター・メビウスが2015年に亡くなってしまった今では,もう二度と再現することのできない,歴史的なものともなった.


全体は,前半が司会の畠中からの質問に答える形での,メビウスとレデリウスによるクラスターの活動,思想,方法に関するトーク,そして後半が会場からの質疑応答という構成であった.70年代に撮影されたレアな写真が数多く紹介された前半では,クラスターの根底に「即興」があること,音楽というよりも「サウンド・ペインティング」という意識で制作していたこと,独学で音楽に取り組んだ彼らが,コニー・プランクやブライアン・イーノなどとのコラボレーションによりその表現の幅を広げて行ったことなどが語られた.また後半では,グラフィック・デザインを学んだメビウスがクラスターの全てのスリーヴ・デザインを担当していたことなど,多くの証言が残された.

音楽関係の企画の中から,僕自身が関係していたものを,ここでひとつ紹介したい.クラスターの講演会からさらに2年遡るが,同じくヨーロッパの実験音楽シーンを形作ってきたアムステルダムのSTEIMのメンバーによるレクチャー/パフォーマンスが,2008年3月に行なわれた.


このイヴェントは,当時STEIMのアーティスティック・ディレクターであった,dj sniff *6 こと水田拓郎,現在ベルリンを拠点として活動するパフォーマンス・アーティストの足立智美*7 らと共に企画した「STEIM in Tokyo」の一貫として開催されたものである.前半では,水田によるSTEIMの概要とその歴史,そして今後の活動が,自身のパフォーマンスと共に紹介される.中間では,フランク・バルデ*8 による数々のSTEIMソフトウェアの開発,そしてロバート・ファン・ヒューメン*9 のプロジェクト・マネージメントの実際が紹介される.そして後半では,90年代にディレクターを務めたニコラス・コリンズ*10 による,ハードウェア・ハッキングの思想と実際の素晴らしいレクチャーを見ることができる.STEIMが探究してきたのは,ソフトウェアとハードウェアのハイブリッドによる,インターフェイスのデザインと,そこで起こるインタラクションとしての音楽パフォーマンスであった.

最後に,ICC開館10周年を記念して行われた特別シンポジウム「メディア×アートの創造と未来」のアーカイヴを紹介したい.90年代に生まれたメディア・アートも,それから20年近くを経て,社会や技術の変化と共に大きく変化し,多様化した.このシンポジウムは,そうしたメディア・アートがひとつの変節点を迎えた時期に行なわれ,メディア・アートのそれ以前とそれ以降をつなぐ,貴重な場となった.


畠中によるICCの理念の紹介に続いて登壇したアレックス・アドリアーンセンズ*11 は,1981年に設立された「V2_」という,ロッテルダムにあるアート&メディア・テクノロジーの学際的センターのディレクター(当時)である.偶然を孕んだ「Unstable Media(不安定なメディア)」をテーマに掲げるこのV2_は,メディアやテクノロジーと社会の関係を,専門性という罠(それはわかりやすさの罠でもある)に陥ることなく,広く考えていくための研究機関であり,それは今日まで貫かれている,メディア・アートに対する,ひとつの重要な姿勢であり態度である.ノ・ソヨンによるデジタル・ポエトリとコード美学の紹介,そして2015年に故人となってしまった三上晴子*12 と藤幡正樹*13 が同席したディスカッションも,今なお新鮮な記録となった.シンポジウムの内容については,畠中が『季刊 InterCommunication』No.61に寄稿したレポート(HIVEのページに引用されている)に詳しいが,このシンポジウムから13年を経た今日,デジタル技術同様に,世界各地に同時に到来したCOVID-19(パンデミック)によって,このシンポジウムで提示された「新しい美学」「知覚のインターフェイス(作品と身体の間にあるもの)」「個と公共性」そして「メディア(と)アート」といった大きなテーマに対する(延長と拡大としての)議論を,再び行なうべき時期が到来したように思えてならない.その議論は冒頭のラニアーのインタヴューへも,再びつながっていくだろう.


[註1]^『万物創生をはじめよう―私的VR事始』
著:ジャロン・ラニアー,訳:谷垣暁美,みすず書房,2020年6月16日発行
ISBN: 978-4-622-08907-0

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ ジェフリー・ショー 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/jeffrey-shaw/
*2 ^ ロイ・アスコット 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/roy-ascott/
*3 ^ ピーター・ヴァイベル 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/peter-weibel/
*4 ^ イリヤ・プリゴジン
https://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/prigogine
*5 ^ スラヴォイ・ジジェク
https://hive.ntticc.or.jp/contents/interview/zizek
*6 ^ 水田拓郎/dj sniff
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/takuro-mizuta-lippit-dj-sniff/
*7 ^ 足立智美
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/adachi-tomomi/
*8 ^ フランク・バルデ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/frank-balde/
*9 ^ ロバート・ファン・ヒューメン
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/robert-van-heumen/
*10 ^ ニコラス・コリンズ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/nicolas-collins/
*11 ^ アレックス・アドリアーンセンズ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/alex-adriaansens/
*12 ^ 三上晴子
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/mikami-seiko/
*13 ^ 藤幡正樹 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/fujihata-masaki/

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