HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC’s Video Archive

Vol. 4

水野勝仁 MIZUNO Masanori

1977年生まれ.メディア・アートやインターネット上の表現をヒトの認識のアップデートという観点から考察しつつ,同時に「ヒトとコンピュータの共進化」という観点でインターフェイスの研究も行っている.主なテキストに「モノとディスプレイとの重なり」(MASSAGE MAGAZINE),「メディウムとして自律したインターフェイスが顕わにする回路」(ÉKRITS)など.


HIVEを用いた「光とメディア・アートとの関係の考察」

私は大学教員として,4月からオンライン授業の課題を学生に出してきた.今回は逆の立場になって,メディア・アートに関するオンライン授業を受ける気持ちでHIVEを見てみた.HIVEはオンライン教材としても充実したアーカイヴになっているので,ひとつのテーマを決めて,視聴していくといいレポートが書けると思う.以下は,もし「光とメディア・アートとの関係の考察」という課題がオンライン/オフラインを問わず出されたら,ぜひ視聴してもらいたいコンテンツである.


このシンポジウムの記録映像は,本展キュレーターの四方幸子*1 の「光」についての語りが印象的である.シンポジウムに登壇したアーティスト,研究者との対話を通して,四方によって饒舌に語られる「光」についての考察は,メディア・アートがプロジェクションという手段を使ってイメージをつくり出し続けてきたことへの批判でもある.なぜ光を使うのか? どのように光を使うのか? プロジェクションがつくる空間とは何か? 光と闇の二項対立をどう考えるか? このシンポジウムには,アートにおいて光を用いることに関する多くの問題提起が詰まっている.HIVEにおいて,光とメディア・アートとの関係の考察を進めていくには,このシンポジウムから始めるのが一番であるように思う.

19世紀以降,光が科学によってコントロール可能な存在となり,光が崇高な存在からアートの素材になっていった際に,四方が特に注目するのが「プロジェクションの光」である.トーク後半で,西洋美術史を専門とする岡田温司*2 が「プロジェクションというのは物体から不透明な物質性を剥ぎ取る」と指摘する.光とモノとの関係は,プロジェクターやディスプレイを多用するメディア・アートでは避けては通れない問題であり,「ライト・[イン]サイト」もまたモノと光との関係から新たな洞察を得ていくことを主眼に企画された展覧会である.ここでオンライン教材の利点として,岡田の発言を受けた後でシンポジウムを再度視聴すると,四方のキュレーションの意図がより明確に見えてくるので,複数回の視聴をお勧めしたい.


四方が提起した「プロジェクションの光」という問題を作品に落とし込んでいるのが,クワクボリョウタの《10番目の感傷(点・線・面)》であろう.この作品は,点光源としてのLED電球から全方位に放たれる光が,展示室を満たし,LED電球と壁とのあいだの空間に置かれたモノに光が当たり,その影が壁に投影されるものである.壁に投影される影は,とても明確な輪郭を示し,空間全体を覆い尽くすような迫力を持って,作品を体験している人に迫ってくる.

クワクボはこのアーティスト・トークにおいて,《10番目の感傷(点・線・面)》以前から「プロジェクターのようなモノ」をつくりたいという欲求があったと述べ,さらに「光があって,モノがあって,影が映るということが明白なプロセスで,それが不思議だった」ということも話している.四方が光に関する理念的問題を提示していたとすると,クワクボは光と影の現象的プロセスを問題にしている.しかし,クワクボは光と影の現象的プロセスを用いて,誰もが使ったことがあるだろう,ザルなどの日用品から「物質性」を引き剥がし,影という別の存在に変換していく.クワクボは光と影との現象を突き詰め作品化していくなかで,四方の提起した光の理念的問題に触れているとも言える.クワクボの現象に基づいた語りと四方の理念的な語りとをあわせて,《10番目の感傷(点・線・面)》について考えると,この作品の新たな一面が見えてくるような感じがした.


志水児王は,プロジェクターの前方への光,LED電球の全方位的な光とも異なり,光を一点に集中させるレーザー光を用いた作品を制作する.志水がトークで見せる作品の記録映像は,明確でありながらも,揺らぎ続ける光を見せてくれる.作品で用いるレーザー光が純度の高い光であることを,志水は指摘する.99.99999%の超高純度のレーザー光は,水やガラスに反射してゆらゆらと揺れ続けるが,同時に,絶えず明確な輪郭を示し続ける.志水の作品には,クワクボとは異なる造形的な光がある.クワクボは光とモノとを組み合わせて,造形的な影をつくりだしたが,志水は光そのものを造形的に提示している.ここでのレーザー光は空間を満たすのではなく,空間内に存在するモノのようになっている.

志水はトークの中で電子顕微鏡や原子時計について言及しているのだが,私はこれらのことを聞いて,「光格子時計」註1 という超高精度の時計による高度測定の話をテレビで見たことを思い出した.重力の影響で計測地点の高度によって時間の進み方がちがうため,光格子時計で複数の地点の時間を計測すると微細な高低差を知ることができ,その結果,私たちが平らだと見なしている地面が実はグニャグニャしているのです,と研究者が言っていたのが印象的だったのだ.志水の作品とグニャグニャの地面とをあわせて考えると,光は何かを照らすために空間を満たしているだけではなく,モノの微細な輪郭を明らかにできると言えるだろう.モノの微細な輪郭をレーザー光の軌跡として示す志水の作品は,光とモノの輪郭とが一致した造形物と捉えることができるのではないか.志水の作品とトークには,光による造形を新たな側面から考えさせてくれるヒントが満載である.


逢坂卓郎のアーティスト・トークは,逢坂の来歴を通して,光とアートとの関係をめぐる歴史を辿るものである.私は光とメディア・アートとの関係の考察を四方による理念的な光の話から始めたが,歴史的な視点から始めたい人は,逢坂のトークの視聴から始めてもいい.作品になぜ光を使うようになったのか,神秘的な光と科学的な光,見えないものを可視化する光といったことを,逢坂は画像・映像を豊富に用いながら静かな口調で語っていく.逢坂は光そのものへの興味から,光を介して生命や宇宙へと関心を広がっていき,作品の形態も関心に合わせて変わっていく.この変化のなかで変わらないのが,科学への関心である.

逢坂の作品には科学的な根拠があり,科学とともにある光の作品が多く提示される.ICCのオープン・スペースに長い期間展示された《生成と消滅 2012》では,宇宙線という目に見えないエネルギーをセンシングし,可視化するために光が用いられている.不可視な領域にあるものを可視化していくことは,芸術と科学とがともに古くから行なっていたことである.逢坂は科学と対話しながら,自らの作品の中に科学を取り入れつつ,光を媒体にして作品を制作していく.その象徴的な例として,若田宇宙飛行士註2 が逢坂の作品《Spiral Top-I註3 を使って,宇宙ステーションで芸術実験を行なう映註4 が挙げられるだろう.《Spiral Top-I》は,宇宙という微小重力空間で一見不規則に見えつつも,規則的な回転をするように考えられたオブジェクトである.微小重力空間で回転し続ける作品に付けられたLEDが放つ光によって生まれる光の軌跡は,地球では現われ得ないものになっている.志水のレーザー光を用いた作品と同様に,《Spiral Top-I》による芸術実験註5 は光による造形を考えるために見るべき映像と言えるだろう.


最後は,ディスプレイを用いた作品について語る時里充のアーティスト・トークを紹介したい.なぜなら,私たちが日常的に触れ,操作しているのは,プロジェクターでも,レーザー光でもなく,スマートフォンのディスプレイが放つ光だからである.時里は,スマートフォンを「カメラとディスプレイとが一体化している興味深い」装置と考えている.スマートフォンのディスプレイが示すのは,スマートフォンのカメラが捉えた奥行きのある空間が平面化されたものである.ここでディスプレイが放つ光はプロジェクターのように前へ投射されるものではなく,カメラの前に広がる空間を平面に縮約する存在になっている.

さらに,時里は「カメラが捉えた状況にかっちりとした数値の情報があるといい」として,カメラの前の空間を縮約したディスプレイに表示される「木」や「柱」などの長さをメジャーやノギスで計測していくように見える作品を紹介する.プロジェクターやLED電球が放射する光がモノから「不透明な物質性」を剥ぎ取り,イメージや影として平面に貼り付けたのとは逆のことがここでは起こっていると感じられる.ディスプレイが示す「木」や「柱」には,測定値とともに「不透明な物質性」が付与されていくように見えるからである.時里の作品を見ながら,トークを聞いていると,スマートフォンというカメラとディスプレイとが一体化した装置が出てきたことによって,私たちの身近なレベルで「光」についての感覚が変化していると感じる.それは,イメージの投影にあいだの空間を要するプロジェクターから平面そのものが光るディスプレイへという装置の変化と連動して起こっている.メディア・アートは装置と密接と関わり合っているがゆえに,装置の変化に伴う光の変化に敏感であり,装置に応じた光の造形を行なってきたし,これからもしていくのだろう.


[註1]^ 「光格子時計」
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00063.html

[註2]^ 若田宇宙飛行士:若田光一
https://iss.jaxa.jp/astro/wakata/

[註3]^ 《Spiral Top-I》
http://www.takuro-osaka.com/space_art/space_art_spiral_top.html

[註4]^ 【前半】00:45:00–00:53:11
HIVE内で公開されている映像は,YouTube 逢坂卓郎氏チャンネル「JAXA Spiral Top 1」でも視聴可能.
https://www.youtube.com/watch?v=bNttXiblt0E&feature=emb_logo

[註5]^ 文化・人文社会科学利用パイロットミッション第二期
「オーロラオーバル Spiral Top」
ミッション#: STS-127 (ISS 2J/A)
実施日:2009年4月30日,5月2日
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/110513_spiral_top2.html

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ 四方幸子 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/shikata-yukiko/
*2 ^ 岡田温司 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/okada-atsushi/
*3 ^ パーフェクトロン
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/perfektron/
*4 ^ クワクボリョウタ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kuwakubo-ryota/
*5 ^ 山口レイコ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/yamaguchi-reico/

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