HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC’s Video Archive

Vol. 12

城一裕 JO Kazuhiro

撮影:十河英三郎/Sogo Eizaburo

1977年福島県生まれ.博士(芸術工学).日本アイ・ビー・エムソフトウェア開発研究所,東京大学先端科学技術研究センター,英国ニューカッスル大学Culture Lab,東京藝術大学芸術情報センター[AMC],情報科学芸術大学院大学[IAMAS]を経て,2016年3月より九州大学芸術工学研究院准教授.山口情報芸術センター[YCAM]専門委員(非常勤).専門はメディア・アート.音響学とインタラクション・デザインを背景とした現在の主なプロジェクトには,音の再生の物質的・歴史的な基盤を実践を通じて再考する「Life in the Groove」,参加型の音楽の実践である「The SINE WAVE ORCHESTRA」,音・文字・グラフィックの関係性を考える「phono/graph」などがある.


これまでの自分の活動を振り返ってみると,茨城の片田舎で『InterCommunication』の特集に勝手に煽られていた高校生の頃から,福岡から時折上京する度に欠かさず初台に通っていた大学時代,そして脱サラ直後の「ネクスト:メディア・アートの新世代」展への参加を契機とした作家としての関わりを通じて総体としてのICCから多くを学んできました.今回は,その23年間に渡るエッセンスの一部がウェブ上の映像アーカイヴとして公開されているこのHIVEの記録を通じて,作家としての活動を始めるに至った2000年代当時の状況を,可能な限り現在と照らし合わせつつ,ごく個人的な視点から振り返ってみます.


これを読んでいるみなさんはportable[k]ommunity*1(以下p[k])というユニットをご存知でしょうか.主に音を担当する澤井妙治*2 と,映像担当の堀切潤註1 の二人からなるp[k]は,2000年代初頭,ノマディックに(とはいえ数台のHDDとApple PowerBookでパンパンになった荷物を抱え),各所を移動して音響映像作品の制作と発表を行なっていました.その拠点の一つとして我が家が活用されていた身としては,彼らの活動をおよそ客観的に評価することはできないのですが,トークの中でも触れられているように,幼少期からのファミコン体験が血肉化した彼らの表現は,今思うと当時の欧米中心のグリッチないしはエレクトロニカとは似て非なるもので,むしろ彼ら自身が述べているように北欧のメガデモ註2 の後継ないしは,Vaporwave註3 以降の音楽の先駆的な存在と位置づけるほうが適当なのかもしれません.現在とは異なりムーアの法則註4 が順当に機能していた当時,最新の機材のギリギリのスペックで出来ることを追い求めていた彼らは,結果として唯一(だと思います)のCD-ROM作品を妥協と位置づけていたように,既存のメディアの範疇に収まることを良しとせず,ほとんど記録を残していません.その中で,断片とはいえp[k]の作品の一部が示されている本映像は,皮肉にもあのときの彼らの格好よさと不遜さを思い出させてくれます.


前述のp[k]のトークの中でも触れられていましたが,2000年代の中頃,僕はp[k]の澤井くんとBoredomsのEYE*3さんと共にAEOというユニットを結成していました.その中では,自作のセンサー・デヴァイスでEYEさんの体の動きを検出し,その信号を澤井くんが音と光へと変換するというパフォーマンス註5 をしていたのですが,動きが音になるという意味において,これこそ真のダンス・ミュージックだ,と話していたのを覚えています.この活動の背景の一つが,ここで取り上げるタンジブル・ビット(ないしは,SONY CSLの暦本さんらの実世界指向インターフェイス)に代表される,コンピュータ内の情報を物理化する,というアプローチです.レクチャー内では,マルコム・マカロー(Malcolm McCULLOUGH)『Abstracting Craft: The Practiced Digital Hand』註6 を例に取り,頭ではなく手を通じて世界を理解することの重要性が語られていますが,当時の僕にとって彼らの仕事は,ブライアン・イーノの「コンピューターにはアフリカが足りない」註7 (今考えるとこれも色々と問題を含む発言のようには思えますが)という投げかけへの答えのように思えていました.その後,展覧会(「タンジブル・ビット— 情報の感触 情報の気配」 )で実際に作品を手にした際にも,木と金属の筐体に動作する回路をきっちりと収めた《inTouch》の完成度に,流石MITメディアラボ,と圧倒された記憶がありますが,今となっては,その開発資金を集めるためには様々な問題もあったのだろうなと理解することができます.


先述のタンジブル・ビットの取り組みが,コンピュータ内への情報に触れないことへの不満に対する技術からのアプローチだとすれば,藤幡さんの1990年代の取り組みは,その問題に対する芸術からの(技術よりもやや早い)アプローチと言えると思います.例えば,3次元のCGモデルをCNCと光造形の3Dプリンタで物理化した《禁断の果実》(1990) は,まさに情報の物理化の先駆的な事例ですし,仮想世界の存在が現実世界に立ち現われる《グローバル・インテリア・プロジェクト》(1995/96)は,情報の気配をインターフェイスとしたタンジブル・ビットの《ambientROOM》(1998)と,表裏一体のようにも思えます.一方で,物理化する際にサイズを変えてもスケールが外に出ない(実体感がない),歴史を踏まえた佇まいの整理,色と形に終始する美術,という指摘は,例えば2010年代に,情報と物質の関係性,その多様性と固有性,芸術と技術の現在性,を主題に開催された「マテリアライジング展 情報と物質とそのあいだ」(2013–15)註8 といった展覧会を経た今,再考に値します.


サイン波を主体とした電子音を,レーザーとスモークを用いて,まるでオシロスコープのリサージュ図形のように空間内に充填させていくというこのパフォーマンスは,情報の物理化の極端な事例と見なせるのではないでしょうか.空気という媒体そのものがインターフェイスとなる,音による表現だけでなく,その音がレーザー光として空間に展開していく際に聞こえる驚きの声は,数年前に観たアピチャッポン・ウィーラセタクンの舞台作品《フィーバー・ルーム》註9 の一シーンを彷彿とさせます.当時の(今も余り変わらないかもしれませんが)猫も杓子もプロジェクター,という状況にやや食傷気味であった僕にとって,平面上のピクセルにその表現が規定されることなく,音と映像とが完全に同期している,という事実は,今は亡き友人の思い出とともに鮮烈な記憶となっています.


最後にご紹介するのは,僕自身が他の3人のメンバー(古舘健*4・石田大祐*5・野口瑞希)と共に,2002年の結成以降継続的に関わってきているThe SINE WAVE ORCHESTRA*6 のトークです.今回のテキストを書くにあたって,その記録を15年ぶりに見返すことになりました.4人によるライヴ・パフォーマンスから始まるこの映像の中では,展覧会の企画者である四方幸子*7さんの問いかけのもと,人が不在でも成立する作品への違和感,作家性の拠り所と我々自身のエゴ,言語化することへの懸念,残らないことの美しさへのこだわり,という現在の活動へとつながる考えを,当時の記憶とは異なるはっきりとした言葉で述べています.同展での展示作品 《The SINE WAVE ORCHESTRA stay》(2005)は,その後山口情報芸術センター[YCAM]で開催された『バニシング・メッシュ』展註10 において,同名の《The SINE WAVE ORCHESTRA stay》(2017)註11 として,大きくその現われを変えることになりますが,その(当時,映像中では恥ずかしくて言い淀んでしまっている)コンセプトはほぼ同一のものとなっています.

以上5つの記録を通じて,ごく個人的な視点から2000年代当時の状況を振り返ることで,都度の技術に依拠しながらも,(未だ言葉にはできていない)通底する問いの存在にあらためて気づくと共に,紹介した映像内のジェンダー比が端的に表しているように,当時の自分自身の偏りを再確認することにもなりました.

この他にも、HIVEのウェブでは公開されていないものの,終了後にサインを貰わずにはいられなかった「サウンディング・スペース─9つの音響空間」展でのアルヴィン・ルシエ*8トーク/パフォーマンスを始めとして,ICCには数多くの思い出が残されています.今回の「HIVEのすゝめ」を契機に,個々の視点からの多様な歴史が,ICCにおいて様々な形で紡がれていくことを期待します.


[註1]^ 堀切潤
p[k]の他,個人で映像作家としても活躍.坂本龍一JapanTour2005などに参加.現在は経営者として家業を継いでいる.(城一裕)

[註2]^ メガデモ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A2%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%B3

[註3]^ Vaporwave
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B4

[註4]^ ムーアの法則
集積回路上のトランジスタ数は「18か月(=1.5年)ごとに倍になる」というもの
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

[註5]^ フジロック・フェスティヴァルでのAEOによるパフォーマンス
「AEO (EYE, Taeji, Jo) live in Fujirock08 July 2008」
https://youtu.be/4K0yCZTHYYo

[註6]^ マルコム・マカロー『Abstracting Craft: The Practiced Digital Hand』(MIT Press, 1997年刊行)

[註7]^ 原文は「WIRED」より
https://www.wired.com/1995/05/eno-2/(解説記事:https://wired.jp/2017/09/20/vol29-report-y/
日本語版「WIRED」
「「アフリカが足りない」と思った6つの瞬間:最新号「ワイアード,アフリカにいく」取材記(1)」(2017.09.20)
https://wired.jp/2017/09/20/vol29-report-y/

[註8]^ 「マテリアライジング展 情報と物質とそのあいだ」(2013–15)
https://materializing.org/

[註9]^ アピチャッポン・ウィーラセタクン《フィーバー・ルーム》(2015)
http://www.kickthemachine.com/page80/page34/page59/index.html
日本初演:国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2017 (会場:KAAT 神奈川芸術劇場ホール/上演日:2017年2月11日—15日)

[註10]^ 『バニシング・メッシュ』展
https://www.ycam.jp/events/2017/vanishing-mesh/

[註11]^ 展覧会担当キュレータ阿部一直氏との『バニシング・メッシュ』展をめぐる対談
http://mng.artne.jp/interview/41/

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ portable[k]ommunity
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/portable-k-ommunity/
*2 ^ 澤井妙治
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/sawai-taeji/
*3 ^ EYE
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/yamataka-eye/
*4 ^ 古舘健
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/furudate-ken/
*5 ^ 石田大祐
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/ishida-daisuke/
*6 ^ The SINE WAVE ORCHESTRA
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/the-sine-wave-orchestra/
*7 ^ 四方幸子
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/shikata-yukiko/
*8 ^ アルヴィン・ルシエ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/alvin-lucier/

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