HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC’s Video Archive

Vol. 10

市原えつこ ICHIHARA Etsuko

メディア・アーティスト,妄想インベンター.1988年生まれ,早稲田大学卒業.日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き,テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する.美術の文脈に依らず広く楽しめる作品性と日本文化に対する独特のデザインから,世界中の多様なメディアに取り上げられている.主な作品に,家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生できる「デジタルシャーマン・プロジェクト」(2015–),秋田県男鹿市のナマハゲ行事を現代版に再解釈した「都市のナマハゲ - NAMAHAGE in Tokyo」(2017),キャッシュレス時代の新しい奇祭をつくる「仮想通貨奉納祭」(2019)などがある.第20回文化庁メディア芸術祭優秀賞,総務省異能vation(独創的な人特別枠)採択, 2018年にアルス・エレクトロニカ賞でオノラリー・メンション受賞.

https://etsuko-ichihara.com/


例年楽しみにしているICCの展示も10月時点ではCOVID-19の影響で臨時休館が続いており,初台を訪れるたびに寂しい気持ちになります(ストーカーのように,クローズしているギャラリーの様子を無駄に見に行ったりしてしまいました).

とはいえICCが長年培ってきた知の蓄積である映像アーカイヴ「HIVE」は,幅広い立場の層に参照されるべき動画レファレンスをあまねく公開しています.その中から,COVID-19により混迷を極めた今の状況に対してヒントを与えてくれそうな動画アーカイヴを選出してみました(なお普段は一般誌やビジネス系メディアなどに寄稿することが多く,あまりアカデミックでない切り口であることをご容赦ください).

余談ですが,HIVEのコンテンツを発掘する際には年代別にソートしてから行なうことをおすすめします.漠然とした時代性やその時期の空気感のようなものが色濃く見えてくるためです.またベテラン作家さんのデビュー当時の初々しいトークを目撃したりと,色々と愉快な(悪趣味な)使い方を楽しんでいます.活用方法は無限大.皆様も自分オリジナルの楽しみ方を発見してみてください.


対面での集会にリスクが伴うようになった2020年,無数のオンライン・コンテンツの公開や配信が行なわれていますが,USTREAM註1 の萌芽など個人配信の黎明期だった2010年頃も,多くのアーティストがリアルタイム配信を利用した実験的なプロジェクトを行なっています.

大野真吾 *1 氏の「WORLD TOUR FROM MY ROOM」は自宅からUSTREAMを使い,ロンドン,サンフランシスコ,ニューヨーク……とそれぞれの地域の時差に合わせてライヴ配信のツアー・スケジュールを組み,結果的に家からの配信がワールドツアーになるプロジェクト.その発展型である 「WORLD JAM BAND」ではウェブページにUSTERAMの配信ウインドウを貼り,プロのミュージシャンたちと遠隔ジャムセッションが行なわれました.

伊豫田旭彦*2 氏はインターネットの双方向性に関心を持ち,「画面越しに喋っているのを見ることで,話者の人となりが分かって信用される」という配信の特性に着目し,インターネットで生配信をし続けながら配信を視聴した初対面の人の家に泊まり歩くという体を張ったプロジェクトや,視聴者の「左」「右」といったコメントにより遠隔・リアルタイムで配信用ノートパソコンが乗ったラジコンを操作し,配信カメラの視点を視聴者の総意で操作できるプロジェクトなどを実施.

「コンテンツのオンライン配信」という意味では同じでも,現在は「必要に駆られて」「致し方ない代替手段」といった悲壮感とともに配信という手段が選択されている面も強いです.しかしこの動画を視聴していると,純粋に好奇心を持って新しい表現の可能性を探求するために積極的に配信やインターネット放送が使用されており,SNSやリアルタイム・ウェブ黎明期のカラッと明るく楽観に満ちた空気感を思い出し,眩しく感じます.

ここで語られるプロジェクトの多くは2020年現在に実施しても話題になりそうなものばかりで,現在にも応用可能なリアルタイム・ウェブの表現の事例が豊富にあり,何か模索しようとしている人の参考になるであろうシリーズです(むしろ直接的に役立ちすぎて危ないレベル……パクり,ダメ絶対).いま改めて,パーソナルなリアルタイム配信について「リアルの単なる劣化した代替手段」ではなくよりポジティヴな観点で考える上で,非常に有用なレファレンスです.


物理的移動に制限のかかる現在,ヴァーチュアル◯◯体験,仮想◯◯体験が各所で模索されていますが,体験としては玉石混交で,どこか白々しく感じてしまうケースも.その違いは何なのか?を考える上で役立ちそうなのが,脳科学者の藤井直敬*3 氏,ARART代表の赤松正行*4 氏らが語る,リアリティを生み出すためのヒントが散りばめられているトークセッション.私もこの時,現場で観覧しに行った記憶があります.特に後半からはじまる藤井氏のプレゼンテーションや議論を興味深く拝聴していました.

現実と仮想の境界はどこにあるのか.藤井氏は「VRでも何でもスクリーン越しに見るものはあくまで仮想であり,スクリーンを現実だと思う人はいない.たとえスクリーンを大きくしても現実感は変わらないし,いくら金をかけて描写がリアルでも変わらない.お前らそれでプロなのか」と自らのフラストレーションを語ります.

その課題を解決する手段として「現実のバブルに穴をあけてつなぐ」「仮想を外の世界に置かず,仮想と現実を同じ空間上に地続きにする」などの方向性がトークの中では提案されています.また「ヴィジュオモーター・カップリング」という概念があり,視覚と身体の運動が一致すると人はリアリティを感じやすい,など様々な手法もあるようです.

何かしらの体験を代替で再現するにあたり,踏んではならない罠はどこなのか.ビジネス,アート,テクノロジー,様々な分野で「現実とは」に向き合う人にご視聴いただきたいコンテンツです.

※なお,藤井直敬氏の経営する株式会社ハコスコ註2 とコラボレーションした新作を10月末より京都市京セラ美術館「KYOTO STEAM 2020 国際アートコンペティション スタートアップ展」で展示予定です註3


「忌憚のない意見」というレベルを大幅に踏み越えた大友良英*5 氏の攻めたトークにヒヤヒヤする,「これアーカイヴとして公開されて大丈夫か」と心配になるスリリングな動画.アルス・エレクトロニカと日本を取り巻く当時の問題点なども指摘されており,生々しい裏話が好物なもので「ほうほう,そうだったのか」と思いながら視聴しました.

美術やメディア・アートといった分野に対して悪態(?)をつきつつも,「自分がメディア・アートの分野につながりを持つようになったのは,時代の変化により既存の音楽の再生・発信の環境が著しく変化し,音楽サイドがメディアを自覚的に考えざるを得なくなってきたから」という大友氏の言葉が印象に残っています.現在はさまざまな業界の構造に軋みが生じて強く危機感を持つ人が多い変化の時代であり,その分既存の分野という殻から叩き出され,領域を越えたコラボレーションが起こる確率も高くなっているのでは?と混沌の中にも一縷の希望を感じました.


最後は個人的な趣味で恐縮ですが,大学時代に少なく見積もっても100回は視聴していたであろう推し動画をご紹介させてください.

忘れもしない2010年の1月,ICCのHIVEコーナーでこの動画をたまたま視聴して猛烈に感動したのが,私がアーティストを目指すことになるきっかけでした.身体性とデヴァイスが強く同期したパフォーマンスの素晴らしさはもちろんのこと,MC中に和田さんが不敵な笑みを浮かべながら「いつかさまざまな奏者を集めてブラウン管オーケストラをやりたいと思っているので,お楽しみに!」と観客に向けて言い切ったことにも当時衝撃を受け(まだ起きてもない不確実な未来に対して,そんなに確信を持って約束できるなんてすごい人だ),そのオーケストラ註4 が2020年現在,国境ををまたいで本当に実現しているという事実にとてつもない希望を感じてしまいます.

現在はさまざまなパフォーマンスをリアルな現場で催すことが難しい状況ですが,動画アーカイヴの持つ力をあらためて感じ,必ずしも臨場性に拘泥しなくてもよいのかもと思わされる魅力のある動画です(何度も穴があくほどしつこく観て研究できるし,数年おきに見返しては初心を思い出すこともできて便利).

この夏にDOMMUNE註5 で「電磁盆踊りRETURNS! 2020」が配信コンテンツとして開催され註6 ,私もブラウン管大太鼓奏者として出演したのですが,究極のところ個人の振り切った欲望がどんな状況も突破していくのかもしれないと励まされました.


[註1]^ USTREAM:2007年にアメリカで設立された動画共有サーヴィス.ウェブブラウザ上でライヴ配信,閲覧が可能なプラットフォームとして人気を集める.2010年に日本語版が開始された.2017年,IBM Cloud Videoに移行.

[註2]^ 株式会社ハコスコ:2014年,理化学研究所の理系ベンチャー制度により創業.
https://hacosco.com/

[註3]^ 藤井直敬氏の……京都市京セラ美術館で展示予定です:「KYOTO STEAM 2020 国際アートコンペティション スタートアップ展」で展示予定です:会期:2020年10月31日-12月6日
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20201031-20201206

[註4]^ エレクトロニコス・ファンタスティコス!
https://www.electronicosfantasticos.com/

[註5]^ DOMMUNE:2010年に宇川直宏により開局された日本初のライヴストリーミングスタジオ兼チャンネル.記録的なヴューワー数で国内外にて話題を呼び,2011年文化庁メディア芸術祭推薦作品にも選出される.
https://www.dommune.com/

[註6]^ 「電磁盆踊りRETURNS! 2020」が配信コンテンツとして開催され:2020年8月22日配信.
https://www.dommune.com/streamings/2020/082201/

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ 大野真吾
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/ohno-shingo/
*2 ^ 伊豫田旭彦
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/iyoda-akihiko/
*3 ^ 藤井直敬
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/fujii-naotaka/
*4 ^ 赤松正行
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/akamatsu-masayuki/
*5 ^ 大友良英
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/otomo-yoshihide/
*6 ^ 和田永
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/wada-ei/
*7 ^ オープン・リール・アンサンブル
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/open-reel-ensemble/

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