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スタッフ・ノート

ICC開館25周年関連インタヴュー 畠中実(ICC主任学芸員) [後半]

2023年1月10日 18:00

2022年4月19日に,ICCは開館25周年を迎えました.それに際し,ICCの主任学芸員 畠中実へ行なったインタヴューの後半をお届けします.話題は引き続き「ICC アニュアル 2022 生命的なものたち」のテーマと出品作品の関係から始まります.聞き手はICC学芸アシスタント 宮脇愛良です.(前半の記事はこちら


畠中——メディア・アートにおける,技術やそれに立脚した社会状況に対する批評的な視点をいかに持つかを考えつつ,その時々の動向に名前を与えてみる.そして,その名前につながる表現,その延長線にある表現,最初のグループの外部にまで広げてみる,そういった展覧会の作り方をしていますね.そうした作業の先に,段々と展示する作品の傾向が浮き上がってきて展覧会が構成されるという感覚です.今回で言うと,村山悟郎さん普段はメディア・アートというふうには捉えられていないと思いますが最初に念頭にあって,そこから徳井直生研究室のAIやALTERNATIVE MACHINEの活動やALifeの表現を含むテーマに拡がっていった.後者はまさにテーマに合致した作品だと思われるかもしれません.

タンパク質の折り畳み構造をモチーフに制作された,村山悟郎の《Painting Folding 2.0》は,麻紐を帯状に織り込んだ織物に,ある規則性を持った抽象的なパターンが描かれている

 

慶應義塾大学 徳井直生研究室 Computational Creativity Labによる展示,「MUSES EX MACHINA ——AIが映し出す人と創造性の未来」(第一期の展示風景)


宮脇——人工知能や人工生命を「生命的なもの」と言い表わすのは一般的にも理解しやすそうに思います.

畠中——これはALTERNATIVE MACHINEの池上高志さんがおっしゃっていることなんですが,人工生命は生物的な生命よりも大きなものである(「Artificial Life Larger than Biological Life」)ということです.自然のメカニズムを解析すると,それがすごく規則性を持っていることがわかったり,自然をシミュレーションすることで,自然や生命をとらえ直すことが可能になって,人工的に自然界には存在しないような生命のあり方を考えることができるようになる.
そうして生み出された生命的なものたちっていうのは,人間にとって都合がよかったり居心地のいいものとして作られていく可能性の方が大きいようにも思うけど,でもそれが人間の想像をちょっと裏切ったり超えていくようなものがあってもいいですよね.そうしたものと対峙した時に,人間の思考もまた進化していくのではと思います.こうした議論はたんに生命をシミュレーションするみたいな話とはちょっと違う,この展覧会では「生命的なもの」という言葉を使っています.

宮脇——「生命的なもの」という言葉を頼りにこの展覧会を見ていくと,自分が生き物のどこを見て生命的だと感じるのか,何を見て生命的と判断しているのかみたいなことを考えるきっかけにもなるでしょうか.抵抗感を感じたり,気持ち悪さを感じる部分があるかもしれませんし,逆に「生命的なもの」と感じる幅が広がる可能性もあるかもしれないなと思いました.

畠中——「生命的なもの」というのはちょっと抽象的なテーマのように感じられるかもしれませんが,個々の作品を見ていくと,他にはブロックチェーンが環境問題を引き起こしているというような,具体的なトピックがあったりします(ラービッツシスターズ《クリプト・マイナー・カー》).コンピュータが見えるところでも見えないところでも,さまざまな局面で利用される時代になっていますが,その恩恵を受けている一方で,環境問題を引き起こす要因になっている状況があったりする.そのような同時代の状況や,そこから発生するいろんな社会的な問題だとか,新しい技術が与える社会的,文化的な影響みたいなものが描き出せる展覧会になるといいなと思っています.

宮脇——ありがとうございます.環境問題もそうですが,この世界で起きているけれどふだんの生活の中では知りえない事って山ほどあって,同時代のアートはその1シーンを切り取って見せてくれる役割もあると感じます.それ以外の楽しみ方ももちろんありますが,個々の作品の背景と「生命的なものたち」というテーマの結びつきを考えつつ展覧会を回ってもらって,多様な気付きを持ち帰ってもらえるといいですね.

ラービッツシスターズ《クリプト・マイナー・カー》

 

マイニングの廃熱を活用して車の動力を賄うシステムを提示している


宮脇——ここまでは今年度の活動についてお話いただきましたが,次は話題を変えてICCのオンライン活動について伺っていきたいと思います.
コロナ禍以降の世界的な動向として,多くの美術館でヴァーチュアル美術館やオンライン展覧会が作られる動きがあって,ICCもその流れの中で2020年度から「ヴァーチュアル初台」と「ハイパーICC」というオンライン上の新たな場を持つようになりました.これも直接25周年に関連する動きと言うわけではありませんが,コロナ禍を経てICCにとっては大きく変わった点なのではと思います.改めてそれらが制作された経緯や,ICCが提示するヴァーチュアル・ミュージアム,オンライン展覧会としてどんな可能性があると考えていたのかなどを教えていただけますか?

畠中——2020年の2月くらいからですよね.コロナ禍に突入した当時,日本ではほとんどの美術館や博物館といった文化施設が休館を強いられました.ICCもそうでしたが,会期の途中だった施設も多かったのではと思います.会期の途中で休館しなくてはいけない状況の中で,展覧会自体をヴァーチュアル化してオンラインで見られるようにするといった動きが自然と生まれましたね.その対応は美術館は早かったと記憶しています.けれどそれはあくまでも応急処置で終わってしまった感もあって,本当はそこでヴァーチュアル展覧会の可能性がもっと広がるんじゃないかという個人的な期待もあったんですけど,実際はそうはならなかったですね.同時に,やっぱり美術作品は本物を見られることが重要だという声が大きくなったんだろうなと思います.

そんなふうに美術館のオンライン化,ヴァーチュアル化の動きがあったわけなんですが,ヴァーチュアル展覧会の可能性というのは,単に展覧会の再現だったり追体験にとどまらない可能性があるんじゃないかと,ICCの中では話し合ってたんですよね.それが「ハイパーICC」のアプローチになっています.

昨年度開催した展覧会は「ヴァーチュアル・ツア*1」として,360度で展覧会の実空間を撮影し Web で見られるようになっているんですけど.それだけではなくて,オンラインのプラットフォームを作ったということは,現実の空間に縛られないっていうことが一番の利点なのではないかと思ってやっています.ICCでは1991年に「電話網の中の見えないミュージアム」,1995年に「on the Web—ネットワークの中のミュージアム」といった展覧会を開催した過去もあって,その当時からネットワークの中の美術館っていうのは,物理的な空間の制約に縛られないという話をしていました.そうした考えを継承するものとして,オンラインだからこそのコンセプトが必要だと考えていた経緯がありますね.

もちろん作品を高画質,高精細で見せるという方向性にもニーズはあると思います.一方で日本の美術館は,やはり興行としての展覧会というあり方も根強いですから,オンライン活動に力を入れると言うのはさまざまな面で困難なことだろうなとも想像できます.現在では美術館もコロナ対策で人数制限しなければならない状況は緩和されてきていると思われますが,例えばオンライン展覧会を行なうことでその穴埋めができるかといえばそうもいかないのが現実かなと思います.そんなふうに似たような問題を各館が抱えていて,具体的な活動として踏み切れないところがあるのかなという気がしています.コロナの影響がいつまで続くかも分からないような状況でもあるし,一般的には,当初思っていたより美術館のオンライン化はそれほど進まなかったと言う印象を持っていますね.だからこそICCががんばらないといけないのかもしれませんが.

「ICC アニュアル 2022 生命的なものたち」のヴァーチュアルツアー

 

「ICC アニュアル 2022 生命的なものたち」のオンライン会場,「ハイパーICC」


宮脇——納得がいく部分が多いですね.いわゆる学芸員とはまた違った職能というか,そのための人材と環境を確保する必要があるという部分でもハードルが高そうに感じます.イヴェント単位ではオンライン開催が一般化したように思いますが,確かに展覧会のオンライン化については議論が落ち着いてしまったという雰囲気なのでしょうか.そうなるとICCのように,オンライン上に恒常的な展示空間を持っている文化施設というのは,世界的に見てもユニークな例になっていると言えますかね?

畠中——結果的にそうなっているかもしれませんね.リアルとヴァーチュアルが補完関係にあるわけではないということが,あらためて認識されたのかなって気がしています.ヴァーチュアルな空間に本物そっくりなものがあったとしても,それを鑑賞者がどう体験できるかという部分を考えていければ,そこにある種の批評性を持たせることができるとは思いますけどね.

宮脇——「ハイパーICC」のようにオンライン上の展示空間が用意されているという環境は,出展する作家に対して思考をアップデートさせる期待感もあるのではと思います.あとはメディア・アートだからこそ,その自由度を発揮できそうにも思います.

畠中——そうですね.だからこそデータ化された東京オペラシティが存在する「ヴァーチュアル初台」を使って,アーティストに何ができるかを考えてもらったりできるといいと思います.そのために参加アーティストには「ヴァーチュアル初台」と「ハイパーICC」のデータを公開していて,自由に使ってもらえるようにしているんですよね.ブラックボックスにせず,オープンであることを大事にしたいとも思ってますね.

当初「ヴァーチュアル初台」を構想するにあたって,ICCって(複合ビルの中にあるため)単体の建物としての外観がないよねという話が最初にあって,そこからICCの外観をどうするかということを話し合っていきました.そして「ヴァーチュアル初台」では,過去のICCが開催した展覧会やイヴェントのひとつひとつがユニットとして箱状のオブジェクトが浮かんで連なっている,ちょっと中銀カプセルタワ*2みたいなICCの外観が出来上がりました.それぞれのユニットが,ある年度のある催しの情報の集積になっているというイメージです.そこから「ハイパーICC」や実会場の見せ方も変わっていきました.

ヴァーチュアル初台の中にあるハイパーICCの外観

 

2020年度企画展「多層世界の中のもうひとつのミュージアム——ハイパーICCへようこそ」でハイパーICC内に登場した谷口暁彦さんのアヴァター,会場内で自撮り撮影ができるようになっている


宮脇——昨年度の企画展「多層世界の歩き方」ではそれがすごく感じられました.

畠中——そうですね.「多層世界の歩き方」は,実会場もヴァーチュアル空間上に浮かぶ箱のイメージとつながるように見せたかったという意図がありました.今度の企画展に関してはまだ練っている最中ではありますが,NOIZの豊田啓介さんたちにまた参加していただいてさらに展開させていけたらと思っていま*3

「多層世界の歩き方」展のヴァーチュアル会場

 

「多層世界の歩き方」展のリアル会場


宮脇——まだまだ発展の余地がある,という感じですね.楽しみです.「ICC アニュアル2022」でもリアル会場とオンライン会場どちらもぜひ見ていただけたらいいですね.

最後に,ICC全体の活動のテーマとして掲げてきた「コミュニケーション」についてお話を伺いたいと思います.ICCの「インターコミュニケーション・センター」という名前が,これは個人的な印象なのですが,ICCの唯一無二性みたいなものを表わしているようで,とてもいい名前だなって思っていて.ICCの活動が始まった1990年代初頭と比べるとコミュニケーションの形は大きく変わってきましたが,現代社会の中においてもICCは「インターコミュニケーション・センター 」としての機能は変わらないと思いますか?畠中さんの所感を聞かせてもらえればと思います.

畠中——ICCが当時「コミュニケーション」をテーマに掲げて始まったのは,通信事業会社が運営してる文化施設だからというのが大きかったと思いますが,現在は,ネットを使ったインフラやプラットフォームを介したコミュニケーションがごく普通に行なわれるような状況になっていて,ICCとしても通信に関わるメディアを扱っているという状況は当初から大きく変わってないですよね.一方、扱われる作品が必ずしも通信に関わるメディア・テクノロジーを使ってるわけではないにしても,コミュニケーションというテーマが無効になってるとは思いません.スマホを一時も手離せないような今の状況っていうのは,それくらいメディアが透明化して,人々がネットワーク化されているような状況でもあるわけだし,そこに関わるメディア・テクノロジーやインフラを扱える文化施設であることは変わらないと思っています.ICCの展覧会ではそういった現代のメディア環境の中で作られる作品を扱っていくという感覚があります.

あとは,ナムジュン・パイクは生前,「コミュニケーション・アート」や「通信芸術」というものを標榜してましたよね.当時彼は,これからの時代の芸術は通信や放送を介して行なわれる「通信芸術」になっていくと予想していました.こうした考えはマーシャル・マクルーハ*4のメディア論にとても影響を受けていると言えますが,「インターコミュニケーション・センター」という名前を背負っているというのは.そんなふうにパイクが夢想した未来の芸術としての「通信芸術」を実現するためのセンター,みたいな名前だと考えてもいいかもしれませんね.すべてがコミュニケーションに結びつくとは限らないかもしれないですけど,作品や活動を介した,現在に対しての批評,未来に対しての問題提起を産むきっかけとして機能させていきたいと思います.

宮脇——最後に思わずロマンティックなお話を聞くことができて良かったです!(笑)ICCの活動の中心にある思想的な部分までのぞけたように思います.今後もICCが,メディア・アートを軸としたオルタナティヴな表現の場所として機能していくことを,中にいる人間としても期待しています.それでは長い時間,ありがとうございました.

畠中——ありがとうございました.


本記事で触れた「ICC アニュアル 2022 生命的なものたち」は2023年1月15日(日)まで開催しています.12月からは企画展「多層世界とリアリティのよりどころ」を開催しているほか,イヴェントも実施予定です.今後もICCの活動に,ぜひご注目ください.

ICC アニュアル 2022 生命的なものたち
会期:2022年6月25日(土)—2023年1月15日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]  ギャラリーB ,ハイパーICC
開館時間:午前11時—午後6時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日
入場料:一般 500円(400円),大学生 400円(300円)/高校生以下無料
(事前予約制・当日入場は事前予約者優先)
*( )内は15名様以上の団体料金
* 障害者手帳をお持ちの方および付添1名,65歳以上の方と高校生以下,ICC年間パスポートをお持ちの方は無料

ご入場は事前予約をされた方を優先させていただきます.事前予約受付は,ご来場希望日の7日前午前11時より,各入場時間の終了までです.ICC受付では当日券を販売します.
予約方法詳細は,こちらよりご確認ください.
(株式会社イーティックスデータファームが運営するオンラインチケットサイト)

主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東日本電信電話株式会社)

*1 ^ 2022年8月現在,「オープン・スペース2021 ニュー・フラットランド」,企画展「多層世界の歩き方」,ICC キッズ・プログラム 2022,「ICC アニュアル 2022 生命的なものたち」のヴァーチュアル・ツアーを公開中です.ハイパーICC特設ページよりご覧になれます.
*2 ^ 中銀カプセルタワービル.建築家の黒川紀章によって設計され,1972年に竣工されたカプセル型の集合住宅.東京都中央区銀座に位置している.設備の老朽化により,2022年4月から10月にかけて建物の解体が行なわれていた.
*3 ^ 本インタヴューは2022年6月に行なわれました.12月17日(土)より開催されている,企画展「多層世界とリアリティのよりどころ」では,会場デザインをNOIZが手がけています.展覧会の詳しい情報はこちらからご覧ください.
*4 ^ 先見的な視点でメディア論を展開した20世紀の英文学者,文明批評家.電子メディアの登場によってもたらされた社会的変容や,人間の身体的機能の拡張などについて論じた.現代のネットワーク社会にも通じる考え方が評価され,今日のメディア研究においても重要視されている.

[M.A]