チャンネルICC
「ICC アニュアル」のオープンに際して,ICCの主任学芸員 畠中実に今年度のICCの活動に関する話題を中心にインタヴューを行ないました.全編を2回に分けてお届けします.聞き手はICC学芸アシスタント 宮脇愛良です.
宮脇——今年度ICCが開館25周年を迎えたことを記念した企画としまして,インタヴュー形式で畠中さんにお話を伺っていきます.現在開催されている「ICC アニュアル 2022 生命的なものたち」(以下,「ICC アニュアル」)に関するお話が中心になるかと思いますが,既に出ている情報から少し深堀りをして,ICCのこれからの活動に期待していただけるような内容にしていけたらと思っています.よろしくお願いします.
では早速になりますが,昨年度まで開催してきた「オープン・スペース」展に代わって,今年度から「ICC アニュアル」と名称を変えて長期のテーマ展示を実施することになりました.これによってこれまでとどんな違いがあるのか,まずは簡単に聞かせていただけますか?
畠中——特に25周年に合わせたということではないんですが,これまで「オープン・スペース」という名前で2006年度からやってきた展覧会が,「ICC アニュアル」という展覧会に変わりました.名称と料金が有料になるということも含めて,昨年度までと展覧会の枠組みが変わりますが,展示の形式やコンセプトが大きく変わることはないと思っています.ただ,これまでとは少し違う形式で展覧会を展開できるような,フレキシブルな枠組みにできればいいなということは考えています.
有料化することで少し敷居が高く感じられてしまうかもしれないとは思うのですが,5階ロビーは無料エリアになっていて,「ICC アニュアル」の展示作品数点と「映像アーカイヴ HIVE(ハイヴ)」や「アート&サイエンス・クロノロジー」を見ていただけるようになっています.また年間パスポートも導入します.新進作家紹介コーナー「エマージェンシーズ!」の展示作家の入れ替えや,他も一部展示替えが行なわれる予定ですので,会期中に定額で何度でも来られる仕組みを作りました.このパスポートは年度内に開催される全ての有料の企画展に対して有効なので,それらにも来ていただけたら,さらにお得に感じていただけるかもしれません.会期中に展示替えがあったりもするので,同じ展覧会にも是非何回でも足を運んでもらえたらと思っています.
5階ロビーの無料展示エリア
2022年度の年間パスポート
宮脇——今年度中に2回以上ICCに来る予定がある方は,ぜひ年間パスポートを買っていただきたいですよね.どんな反響があるかまだ分かりませんが,もう一度見に行こうと思ってもらえるきっかけになればとわたしたちも期待しているところですね.では引き続き「オープン・スペース」と「ICC アニュアル」の違いや引き継がれている部分について,もう少し詳しくお話していただけますか?
畠中——「オープン・スペース」という名称は,展覧会のタイトルだけではなくICCで行なわれる全ての活動を指して呼んでいたところがあって,映像アーカイヴや展覧会が無料で展開されているエリアというファシリティとしての意味づけもありました.それがだんだん「オープン・スペース」展として展覧会の方がクローズアップされていったところがあります.また「オープン・スペース」はメディア・アートあるいはICCの活動へのイントロダクションとしての位置づけもあって,コロナ禍以前は毎月ギャラリーツアーをやるなどしていました.毎年10作家以上の作品が展示され,昨年度は4ヶ月間ほどでしたが,基本的には10ヶ月程度の長い会期で行なわれていました.
2019年度開催の「オープン・スペース 2019 別の見方で」
ギャラリーツアーの様子
今年度から開催する「ICC アニュアル」も基本的にはそうした「オープン・スペース」の役割を継承しています.しばらく休館していたりもしたので,これまで通り変わらずやってますよというつもりもあって,今年度は構成も「オープン・スペース」展を踏襲しているところがあります.
ただこの先は「オープン・スペース」と同じような構成でやり続ける必要もないんじゃないかとも考えています.「ICC アニュアル」という名前なので,年毎にICCとしての何らかのテーマを打ち出していけるような展覧会のスタイルを作れたらなと思っています.例えば作家数を今よりも少し絞り込んで,それぞれ複数点ずつ作品を出展してもらったり,規模の大きな作品を展示したりすることもあるかもしれません.もちろん,今までみたいにある程度作家と作品にヴァラエティを持たせるやり方もあると思います.というように,色々な展覧会の構成の可能性を考えています.なのでそうなったときに「オープン・スペース」と「ICC アニュアル」で大きく変わったなと感じられるかもしれませんね.
そんなふうに考えているのは,コロナ禍以降に開催した企画展では「多層世界」をテーマにシリーズ的な展覧
宮脇——今回は設営の様子などを見ていても,昨年度から大きく変わった印象はありませんでした.展覧会の作り方としては,現在のメディア環境や技術であったり同時代的なテーマを元にそれに合った作家・作品を集めて,長期の展覧会を開催する,という部分で同じだと思ってよいということでしょうか?
畠中——そうですね.企画展もそうと言えばそうなんでしょうけど,現在のテクノロジー状況を反映した,あるいはなんらかの同時代性を持ったテーマを扱った展覧会にはなっていくと思います.
また「オープン・スペース」の話になりますが,最初に「オープン・スペース」のシリーズを始めたときに思っていたことがもうひとつあって,それは「あそこ(ICC)に行けばいろんなメディア・アートがいつでも体験できるよね」という場所を作りたいということだったんです.ICCが開館した頃と比べれば,最近は多くの美術館でメディア・アート作品が展示されるようになりました.ですが,いまだに限られた短い期間で展示が終わってしまうことが多いと思うんです.なのでそういう状況に対して,限られた期間だけやるのではなく長い会期の展示を開催して,いつ行ってもメディア・アート作品を見ることができる場所にICCがなればいいんじゃないかと今も思ってるんですよね.
毎年いろんなヴァリエーションの作品を見ることができるのもそうだけど,ICCといえばあの作品だよねと思ってもらえるような作品として《ジャグラー》とか《マシュマロモニター》みたいな作品があるのも重要かなと思っています.今挙げた作品たちは,あらゆるニーズに応えられる作品だと思っていて,年齢関係なく子供も直感的に体験したり驚いたりできて,端的にメディア・アートってこういうものだって説明できる一例でもあり,幅広い役割を果たしてくれています.あとは大学の授業でも来てもらえるといいなとも思っています.メディア・アートってこういうものですということを,ひとことで言うのがなかなか難しいんですよね,あまりに多様なので.口で説明するよりもICCに来ていろんな傾向の作品を見てもらう方が体感的に理解できるんじゃないかなと思ったりもしてますね.
《マシュマロ・モニター》岩井俊雄
展覧会の作り方としては,ある特定の時代や制作手法によってまとめるという方法もありますが,ICCでは何らかのテーマのもとにいろいろな傾向の作品を集めるという考え方を基本としていて,特に「オープン・スペース」はその傾向が強かったです.メディア・アートは特に,同じテーマに対しても表現の多様性を見せることが可能です.例えば映像を使った作品,音を使った作品,インタラクティヴであるとかバイオ・アートがあったりとか,ひとつの様式にとらわれない,いろんなアーティストの表現を見せられるといいなと思い,毎年そういう構成をしてきました.そして今年度の「ICC アニュアル」もそのやり方を踏襲しているという感じです.あとは会期が長いので,運用的にもそれに耐えられる作品であるとか,その辺も考えながら選んでいます.
インタラクティヴなアニメーション作品が体験できる
「小光の部屋」
norによるキネティック・サウンド・インスタレーション
《syncrowd》
宮脇——ありがとうございます.では続いて今回のテーマである「生命的なものたち」の背景や,各展示作品との関連についてお話しいただけますか.
畠中——現在私たちの生活環境にあるテクノロジーは,生命的な振る舞いをシミュレーションするように設計されるようになっています.今回の展示のひとつの傾向で言えばALife(人工生命)やAI(人工知能)があります.テーマそのもののようだけど,人工生命や人工知能といったまさに生命的なものですね.ICCが開館当初に収集したコレクション作品の中には,遺伝的アルゴリズムを使った作品としてカール・シムズ《ガラパゴス》(1997)がありましたが,その作品ではまさに人工生命が,観客の選択によって交配され,遺伝,生成変化する様子をシミュレートすることができました.そういった技術や発想が現在にまで発展して,最先端のALifeやAIに継承されていると言えると思います.
今までの僕らの認識としてはテクノロジーというと,「人工」と「自然」の二項対立のように考えてきたところがあるけど,現在のコンピュテーショナルなテクノロジーというのは自然を模倣したり,より自然に環境に溶け込ませようとしていて,それを単に人工物だとは言えないような姿で社会に存在しています.それは僕らが人工物を自然だと見なすようになるって話ではなくて,人工物の側が自然になろうとしているということだと思うんです.そのために様々なテクノロジーが駆使されているという状況が今なんだと.それが人間に優しいかどうかはわからないけども,人工的な環境が自然環境のような居心地のよさを振る舞うように設計されている.
一方で自然界を調べていくと,自然の振る舞い自体がデジタルなもののようにアルゴリズミックに構成されているというようなことが分かってきていたということがあります.つまり自然や生命がアルゴリズミックなものであるということと,無機的で人工的なプログラムが,生命のように振る舞うようになっていることという両方からのアプローチがある.同様に,自然物や生命を解析して得られた情報だったり,人間の思考や生物の行動などをシミュレートして,新しい表現につなげていくような動きがアートでも見られる.今回の展示ではそういう同時代的な状況をテーマにしました.
今回は他にも,ブロックチェーンやNFTをモチーフにした作品があります.ひとつは,NFTが人工生命と組み合わされて繁殖できるようになるとどうなるのか,といった思考実験の中で生まれた作品,《かぞくっち》 です.
NFT化されたデジタル人工生命体「かぞくっち」が住まう「家」(=ロボット)
一定の条件下での「家」同士の接触により,繁殖が行なわれる
ヴァーチュアル・キャラクターを扱った作品もあります.エレナ・ノックスによる《The Masters》という作品です.ヴァーチュアルなものに対して感情移入することで,それを人間の話し相手のように感じるということがあります.キャラクターとのコミュニケーションをアミューズメント化したりそれを楽しむ人がいるように,そうしたものにはユーザにとって感情移入しやすいイメージが与えられているけれど,でも実際には人格とか性別すらないんですよね.これらはさっき言ったテクノロジー自体が生命的に振る舞うというのとはちょっと違う観点での生命的なものの捉え方になります.なので「生命的なもの」に対する,現在のメディア・テクノロジーによるさまざまな顕われが取り上げられていると思います.
作品の一部として展示されているAIキャラクター「逢妻ヒカリ」
鑑賞者は作者とヒカリのチャットを見ることができる
宮脇——今回は扱っているトピックや研究領域が近い作品もありますが,表現として見れば全く違って見えるのがやはり面白いですね.
畠中——そうですね.こうした新しい技術を表現としてどう扱うかと考えたときに,人間の役に立てる方向だけを考えても面白いものにはならなかったりします.そこである意味ではどこか行きすぎた現在という誇張された未来を提示したりするような,SF的な発想が求められているんじゃないかと思います.スペキュラティヴ・デザイ
現在は,メディア・アート的なものもたくさん出てきていますが,楽しかったり綺麗だったり,エンターテインメント的なことだけではなく,そこに同時代への社会批評が含まれていることがメディア・アートの役割のひとつだと思っています.メディア・アートであるということには,何かしらの技術あるいは技術に立脚した社会状況に対する批評みたいなものがあるかだったり,先のSF的な視点が含まれてるかどうかというところはひとつの論点だと思っています.
後半では引き続き,ICC アニュアル 2022の展覧会タイトル「生命的なものたち」と展示作品の関係性について触れ,またコロナ禍以降ICCが行なってきたオンライン活動についても話題を広げていきます.ぜひお楽しみに.
*1 ^ 2020年度開催の「多層世界の中のもうひとつのミュージアム——ハイパーICCへようこそ」と,2021年度開催の「多層世界の歩き方」
*2 ^ 未来の可能性についての憶測から発して制作を行ない,見る人に問いを投げかけ,思索=speculateさせることを目的としたデザインの方法論.
[M.A]