ICC

会社の社長
カテゴリ: 作法 プロトコル
気になる展示作品 :《GWEI−Google Will Eat Itself》
コネクトするためには、物理的に接続するのみならず、プロトコルを合わせなければならない。効率を追求す るならば、全てのものは、一つのプロトコルへと収斂していってしまうだろう。たとえば全てのサービスが、HTTPの上の乗るように。あるいは、全ての言語 が英語へと置換されていくように。 接続された世界は、そのようにプロトコルによる収斂が至るところで行われる世界になるだろう。そして、その一つになったプロトコルを土台にして、また新し い生態系が花開くことになる。
投稿日時 : Sun,08 Oct 2006 16:40:29

猿合奏つながり
気になる展示作品 :《un_wiki》
長期的にはSingularityに向かっていく動き。 短期的には人間同士のコミュニケーションを阻害する空間と時間の制約を超えるために役立つ技術の集合体。 どちらにせよ、人間が全体としてもっと賢くなるための切り札。
投稿日時 : Sun,08 Oct 2006 21:42:21

インタラクションデザインラボ
気になる展示作品 :《チャットDE似顔絵》
頭の中で考えていることが視覚化され、蓄積される世界。私たちは、もはや、口や身体を使わなくても指先だけで世界とコミュニケートできます。 最近は、言語と頭の中の思考の中間にあるようなインタラクションが増えていくと、言語の行く末はどうなるのかってことが気になる。僕は、漢字が亀甲文字の世界に逆戻りしていくんじゃないかと予想しているんだけど。 こういうことを考えていくことはとても楽しいね。
投稿日時 : Tue,17 Oct 2006 16:26:33

研究室
つながるほどに、自己の境界はなくなり、なにかの「一部」であることに気づく世界。「つながる」「つなが らない」が重要ではなく、「つながり方」の重要性に気づく世界。新しい『配慮』の世界が始まる。 なぜなら、人類がしてきたことはいかに『つながりすぎないか』を考えてきたからです。人は個人の境界を創り出すために「動き続けて」います。『動く物』と 書いて『動物』というように、動くことで個人を確立しています。動くことで、あらゆる人とつながり、物ともつながるのです。また、家を建て壁をつくるの は、雨や風を防ぐためだけではありません。ゆるやかに「個」を確立するための方法でもあるだと思います。ますますインタフェースが今後の課題となるでしょ う。
投稿日時 : Wed,18 Oct 2006 03:14:02

プロジェクト仲間
気になる展示作品 :《ambient.lounge》
「場所」というものはかつてはフィジカルに「いま」「このあたり」という点の指定と対応付いていた。それ は人類学者のホールがいうように、人間の感覚器の到達範囲で規定されていた。ところが、ITによって離れた時間と場所との間がつながるようになると、僕達 の感覚は変容する。電車の中のケータイが、ウォークマンの音漏れが、なぜ規範を逸脱していると感じさせるかの答えがそこにある。 それはマクルーハンが能天気に予想したように一つの村に縮小する地球じゃなく、あそこはこことつながっている、ここはあそことつながっていない、という ワームホールによってねじくれたフラグメントな世界を僕達にもたらす。 今や建築や都市計画の主要な課題は、ボリュームやカタチの比例関係じゃなく、このゴルディオスの結び目をどう解きほぐすかなんだよ。
投稿日時 : Wed,18 Oct 2006 12:20:22

今はフィンランド 研究室の先輩
気になる展示作品 :《Evolving Sonic Environment》
茶道では、ふすまを開ける際、三段階を経ることを作法とする。①手掛りを摑み手が入る分を開ける②枠を摑 み半分まで開け自身を見せる③手を代え全て開く つまり、歴史的に物理的な他者との距離は漸次的移行にある。30年前にルフェーブルに”空間の生産”と云 わしめた無作法が今尚ある。都市を俯瞰すれば可視的に見える風景と、眼に見えない事情で建つ風景とのズレが引き起こす、微かな不安、居心地の悪さ、若しく は場所に対する無作法への苛立ち。これらの都市・建築・場所への問題に、プロブレマティックな意識を持つのなら、我々が扱う素材は、木、コンクリート、ガ ラス、鉄だけではないだろう。詰める先は、表層の見たことのなさに表現の域を求めるのではなく、先に挙げた歴史の軸線上にある、人間−環境系に根ざした、 場所の、空間の構築だ。今までの素材ではできなかった、デリケートな質感を持った肌理があるはずだ。そこにITという素材の可能性を求めたい。それを伝達 する物理的な“site”としての場。そこに場所の、空間の力があると信じているし、究極的にはそのコネクティングによって生かされていると想う。
投稿日時 : Thu,19 Oct 2006 17:41:33

オタニエミ居住者
気になる展示作品 :《事の次第》
子供の頃はテレビ電話なんて必要ないよと思っていたけど、今ではパソコンの前で毎日映像チャットをしてい て、日記なんて夏休みの宿題以外に書いた事もないのに自らブログを作って公開したり、手紙なんて年賀状しか出さないのにメールは毎日何度もしたり、新しい ツールはとても便利で魅力的でよく使うし嫌いじゃないけど、その時たまに思うのは、伝えたり、繋がったりすることの本質は昔とあまり変わらないんじゃない かということで、方法の選択肢は限りなく広がり続けているけど、結局はいつでも繋がりたい人とそうでない人、伝えたい事とそうじゃない事、欲しい情報とい らない情報といった取捨選択をしていて、それぞれの場面でそれぞれの尺度によって繋げられたり途切れたりしながら、世界は限りなく無限に近い有限の組み合 わせによって成り立っている気がして、そんな世界はちょっと複雑でときどき嫌になるけどそれでもなんだか楽しい気もします。
投稿日時 : Mon,23 Oct 2006 03:36:48

近所なのでよく飲みにいきます。
 実は世界は綿密かつ思わぬ形でつながりあっているのでしょうか。仏教の「縁起」の話とか、気象学の「北 京で蝶が舞うとニューヨークでハリケーンが起こる」というモデルの話とか、そういうのはイメージするだけでちょっと楽しいです。身近な例で言えば、僕がヘ ルシンキのスーパーで買い物中に、東京から携帯に電話で「体に気を付けてね」なんて言われると、8000kmの距離を超えてスーパーの野菜の在庫がちょっ と余分に減るわけです。僕の携帯の電源を付けると表示される「コネクティング・ピープル」という出会い系サイトみたいなキャッチコピーは、こういうことな のかなと思ったりします。「友達を6人たどれば世界中のだれとでもつながる」という話があるけれど、「コネクティング・ピープル」なテクノロジーはそれを 5人にしていくのでしょうか? 出会い系サイトで「コネクティング・ボディ」したい気持ちが新しいコミュニケーションを生むように、テクノロジーによる「コネクティング・ピープル」な状 況が、スーパーの野菜以上の何かの現実を変えていく... そんな「コネクティング・ワールド」がもう始まっているのだと思います。
投稿日時 : Sat,28 Oct 2006 07:04:26

公園で飲みます
気になる展示作品 :《Evolving Sonic Environment》
たとえば、ゼリーで満たされたプールを漂っているような、そんな感覚。他者とのコミュニケーションは、そ れが言葉でも身振りでもどんなかたちであれ、ゼリーを通して私に入ってきます。自分が意図するそのままでは伝わらなく、相手の思いもそうです。世界全て が、ゼリーのプールで繋がって、影響を与え合っています。私は、そんなゼリーのプールでコミュニケーションを図り、もがいてもがいて、自分の身体性と不自 由さを再確認します。
投稿日時 : Mon,06 Nov 2006 03:19:20

きっかけは阿波踊り
カテゴリ: 旅と出会い
気になる展示作品 :《GWEI−Google Will Eat Itself》
そこに空があるから、そこに人がいるから。 旅に出る。 別にどこかに行かなくても、旅はできる。 いつでもどんな時でも。 旅に出ると思いもよらないものがそこには待っている。 そして、いくつもの出会い、いくつもの別れが訪れる。 そして、全てがつながっていく。 つながっている。
投稿日時 : Mon,13 Nov 2006 01:06:28

ご近所さん
気になる展示作品 :《事の次第》
繋がらなさ、伝わらなさ、もどかしさに引き裂かれること。引き裂かれてあるということをゼロ地点とすること。
投稿日時 : Tue,14 Nov 2006 03:02:17