坂本自身,90年代初頭の黎明期よりインターネットに関心を持ち,インターネット・ライヴを実施するなど,作品へのメディア・テクノロジーの導入を積極的に行なってきました.以降,1996年のメディア・アーティスト,岩井俊雄とのコラボレーションをはじめとして,2000年代以降は,カールステン・ニコライ,高谷史郎,真鍋大度,毛利悠子といったアーティストとのインスタレーション制作など,現代美術〜メディア・アートの分野でも多くの作品の制作を行なっています.2017年に開催した,ICC開館20周年記念企画展「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」は台湾に巡回し,作品《IS YOUR TIME》は北京,成都での坂本の個展にも出品されました.
本展覧会では,メディア・アート分野においてもはかりしれない功績を残した坂本の追悼とともに,ライゾマティクスの真鍋大度を共同キュレーターとして迎え,坂本の残した演奏データをもとにした作品や,国内外のアーティストによる,坂本とのかかわりのある作品,これまでのICCでの展示などの記録によって構成し,坂本の活動を継承し,展開する,未来に向けた坂本龍一像を提示することを試みます.
キュレーターからのコメント
畠中実(ICC主任学芸員)
坂本龍一さんは,音楽とテクノロジーとのかかわりにとても意識的な音楽家だったと思います.それは,つねに同時代的であった,あろうとしていた,ということでもあり,かつ,テクノロジーを使った音楽表現の可能性の探求が,その反面で孕んでしまう問題にも意識的であったということでしょう.坂本さんが自身の音楽表現の方法として,インスタレーションという手段を用いるようになって,私たちはあらためて坂本さんの伝えたかったことをよく知ることができました.それは音楽をすることに自由になっていく坂本さんの姿を反映するものでもあったのだと思います.音楽の歴史の中に,あらたな音楽の歴史を聴きなおすように,物音の中にも音楽を聴き取るように,世界と対峙した坂本さんの芸術家としての姿は,多くのアーティストにインスピレーションを与えました.そんな坂本さんの本質のようなものが,坂本さんのアート作品の中にあったということを展覧会で表現したいと思います.
真鍋大度(ライゾマティクス)
坂本龍一氏の生涯にわたる創造的探求は,アーティストやミュージシャンにとって尽きることのないインスピレーションの源です.彼はシンセサイザー,インターネット,リアルタイムCGなど,時代の最先端技術を駆使し,実験的なプロジェクトを展開しました.これらの功績は,後世にも語り継がれることでしょう.
2019年より,私は龍一氏の演奏を特殊な撮影装置でアーカイブするプロジェクトを行なっていました.システム開発とアート・ディレクションを担当し,この過程で彼との対話を重ねました.特に印象深かったのは,龍一氏が単にアーカイヴされた内容に留まらず,それらのデータを基にしたAIの開発に関心を持っていたことです.自身の創作データを用いて新たな試みに挑む好奇心の旺盛さは,彼の創造力が絶えず新たな境地を求め,進化し続けていることの明確な証拠と言えます.
この展覧会では,遺された価値あるデータを活用し,彼の芸術的志向を未来へと受け継ぐ作品を創出することで,敬愛する「坂本龍一」へのトリビュートを表現します.