ICC





はじめに
入場料
岩井俊雄氏インタビュー




1. コンピュータとの出会い 1
2. コンピュータとの出会い 2
3. アニメ少年からコンピュータ少年へ
4. パソコンの発見
5. パソコン遍歴
6. インタラクティビティについて
7. コンピュータゲームと現代美術
8. コンピュータの刺激
9. 制作行為の追体験
10. AMIGAとの出会い
11. テレビの制作現場で
12. 『アインシュタイン』のCG
13. 『ウゴウゴルーガ』
14. AMIGAの魅力
15. 現実とCGが融合した世界
16. プログラミングの必要性
17. トータル・アート
西田雅昭氏インタビュー
参加作家
イヴェント




ニュースクール'95パソコン倶楽部
公開講座
2月2日(金)
2月4日(日)
 
1996年2月 [終了しました.] NTT/ICC推進室





コンピュータとの出会い 2


歌田:学校は,テクノロジー・アーティストを育てようっていうことだったんですか.

岩井:いや,そんなことはないですよ.いま考えると,その授業なんかはすごく進んでいるという感じがするし,実際ヴィデオ・アーティスト,テクノロジー・アーティストになった人がかなり出てるんですけど,それは筑波の芸術のなかでもごく一部のコースからです.僕は「総合造形」というコースだった.
森脇君は「構成」っていうのを出てるんだよね.「構成」コースは,デザインの基礎となる,色彩とか立体を構成する能力を理論的に分析していくというようなところで,森脇君の場合は,そうした知識と,僕らがやってるようなテクノロジー・アートなんかに対する興味がつながって作品になってる.
けれども,その2つのコース以外はファインアートやデザイン系ですね.それらの人たちが全員,情報処理の授業を受けるんだけど,別にその人たち全員にテクノロジーアートを学んでほしいということでは全然ない.ただ先生の興味でやってたと思うんです.
 それからしばらくたって実際にコンピュータをいじる情報処理演習の授業があった.情報処理センターという,学生が授業を受けたり研究をしたりする場所に教育用の大型計算機があった.

森脇:地下1階が全部コンピュータっていうやつ.まぁ,スーパーコンピュータですよね.

岩井:スーパーなのかな.そうでもないと思うけど(笑).そこで初めてFORTRANのプログラミングをした.最初は三角形の面積を計算するプログラムをつくったりとかだったんですけど,それから,だんだんアート系のプログラミングになる.FORTRANのループは,「DO CONTINUE」だっけ——なんか忘れました(笑).BASICだと「FOR NEXT」なんですけど.ランダム俳句っていって,カタカナを五七五にランダムに組み合わせて,それを100個コンピュータにプリントアウトさせる.それとかループを使って,「アンディ・ウォーホルは○○○○って言った」というのを,番号をつけて1から100までプリントアウトするとか,どちらかというポップアートなんかにもつながるようなことを…

森脇:そんなことをやってたんですか.僕たちの担当は幸村先生ではなくてサインカーブを描く方程式の打ち込みみたいなことだけで,全然おもしろくなかった.

岩井:なんでだろうね.あと学期の最後に,数字列を手で打ち込んで,文字の重ね合わせで絵をプリントアウトするっていうのをやったんですよ.そのころ使ってた端末って,文字しか出ないキャラクタ・ディスプレイっていうやつで,絵は一切出せない.だから,初期のコンピュータアートにはよくあったんですが,例えば何も文字をプリントしない真っ白な状態をレベル0として,アルファベットの「I」を濃度のレベル1だとしますね.それで「O」を今度はレベル5として,「X」と「O」を重ねるとレベル7.それにさらに「A」を重ねてレベル9,みたいにして10段階ぐらいの濃度をつくる.写真の上に方眼紙をあてて,自分の眼で,「このマスは明るいから0だな」とか「ここは2だな」「5だな」とやっていって,それをコンピュータに手で入力していく.で,数字が1のところは「I」,5のところは「O」,7のところは「O」と「X」を打つってプログラミングをする.プリントアウトしたものを遠くから見ると,文字の重ね合わせで,なんとなく写真のように絵が見えてくるわけです.
 それまではなんか,俳句をつくったときもコンピュータのプログラミングってよくわかんないし退屈だなって思ってた.絵が出る段になって,いきなりおもしろくなった.授業は3月の初めぐらいで終わっちゃったけれども,それからも情報処理センターに通って,自分でその続きをやった.そのころ,僕は,8ミリフィルムを使ってアニメーションをつくり始めてたころで,じゃあ,これを使ってアニメーションをつくろうと思った.でも授業用のIDなので,3月末で切れちゃう.それまでにとにかく完成させようということで,連日連夜通って3000枚の絵をプリントアウトさせた.

森脇:それ,手で1枚ずつ入力したんですか.

岩井:いや,技法はいろいろ使って,マイブリッジの馬が走る連続写真を12枚,自分でドットを拾って,それを入力したり,二次関数か何かを使ってパターンをつくり出すっていうのを発見して,パラメータを変えてズームイン・アウトやスクロールさせたり,サインカーブの山の大きさが変わるのをアニメーションにして背景をつくったり.3分半ぐらいのアニメーションだったと思うんですけれど,いろいろなシーンが順番につながるようにプログラミングして,最終的には3000枚ぐらいのプリントアウトをした.

歌田:大変な作業ですね.

岩井:そうそう(笑).僕がそれをやり始めると,他の人がもう全然プリントアウトできなくなるんですよ.3000枚一気にはとても出せないので,100枚ぐらいずつ出すんだけど,それが終わるまで他の人が入れなくなっちゃう.「使えない」って苦情が出たりしたけど,僕のほうは3月末でIDが切れるから必死で……というのが,コンピュータでものをつくった最初なんです.
 しばらくしてIDは切れちゃったけど,あまりにそれでハマってしまった.その後,やはり情報処理センターでコンピュータを使って作品をつくっていた「構成」コースの先輩に相談してその続きをやったりとか,そういうことを2年生,3年生のころはずっとやってました.それと「構成」コースの三井秀樹先生のところに沖電気のif800っていうコンピュータ——もう昔の機械ですが当時としては16ビットで速いと言われた——が入って,初めてパソコンというものを使ったり,あと当時最新だったテレビも映るSHARPのX1というパソコンを買った友達がいて,その人のところにしょっちゅう遊びに行っては,ゲームみたいなものをプログラミングして遊んでました.