暗い空間の,床には,微細なピクセルで描かれた静止画が設置されています.一角には小さなアクリルのオブジェがあり,2つのモニターからは映像が流れています.らせんや渦巻きなど,自然の動きを想起させる美しく精緻な映像は,シンプルな数式によって生み出されたものです.奥の部屋では,息づくかのようにゆっくりと変化を続ける,リアルタイムのプロセス映像を見ることができます.
《多義の森》は,木本圭子が継続して展開してきた《イマジナリー・ナンバーズ》と,今回初めて発表される,リアルタイム演算による映像で構成されています.《イマジナリー・ナンバーズ》は,非線形力学系の1つの数式をコンピュータにゆだねて生み出された形態を,オブジェやパネルなどによる解説や,静止画および動画という複数の方法で展示しています.奥の部屋の映像は,1つの数式からなる同じ振動モデルを多数結合させたシステムで,生命体のようにたえず変化していくその形態は,個々の振動からは予測できない,全体ではじめて発現する複雑な様相を呈しています.数式によって状態変化のモデルを作り,その多様な形態やリズムの中に,自然に潜む雄弁な多様性を見出していくこと.それがここでのアーティストの役割といえるでしょう.
*リアルタイム演算による映像のアーカイヴは,以下でご覧になれます.
結合振動子,または反応拡散系を用いた作品実験
木本圭子は,多摩美術大学テキスタイルデザイン学科卒業後,1988年頃から独学でコンピュータを使った数理的な手法による造形を始め,1997年より動的表現を探る制作研究へと展開.2003年,作品集『イマジナリー・ナンバーズ』を発表, 2004年よりJST,ERATO 合原複雑数理モデルプロジェクトに参加.平成18年度(第10回)文化庁メディア芸術祭アート部門大賞を受賞.
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「ジェネラティヴ(生成)」は,コンピュータの演算によって,シンプルなアルゴリズムから予測不可能かつ複雑な形態が自動的に生起していくことをいいます.このような方法は,とりわけ80年代後半以降,コンピュータの高速化により複雑系科学が発達し,セルラー・オートマトンや遺伝子アルゴリズムなどのツールにより,人工生命や人工知能研究,物理現象のシミュレーションが開始された時期に,アートに応用されました.