HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC?s Video Archive

Vol. 2

細井美裕 HOSOI Miyu

1993年愛知県生まれ.慶應義塾大学卒業.在学中からヴォイス・プレイヤーとして楽曲,サウンド・インスタレーションに参加.2019年,ICC無響室において22.2chで制作した《Lenna》の2ch版を発表,同作品を山口情報芸術センター [YCAM] では22.2chで発表.同年6月に《Lenna》を含む声のみで制作されたファーストアルバム『Orb』をリリース.11月YCAMにて細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサート・ピース「Sound Mine」を発表.
第23回文化庁メディア芸術祭アート部門新人賞受賞.


「複合的な公共圏」で資源を共有することで,文化が繋がれていくという,創造を促す社会のあり方について展開される.私は作品が内包する創造的再利用や批評的再利用の「保護のための放棄」の手段として,「複合的な公共圏」に作品を置いている(《Lenna》註1 の22.2chデータはクリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承 4.0 国際ライセンス下で公開されている).実際に作品が示唆するコンセプトが研究機関や企業へ渡り,経済,社会における再創造の一端となる兆しを感じているが,一方で,「複合的な公共圏」への間違った理解,例えば本来公共圏にある資源が「新たな創造を生み出す資源」としてではなく「投資不要で新たな商業価値を生む資源」としてだけ認識され,クリエイティブ・コモンズの思想の根本がクリエイティブ・コモンズであるということにより揺るがされてしまう可能性を作品の広がりとともに感じ,危惧している.「規制と開放,制御と非制御の均衡のとれたシステムの中での自由度」に対する社会の共通認識の底上げと,思想や文化を途切れさせないために,「保護のための放棄」という考え方の理解は,本質に近づく一歩なのではと思う.


ヴァーチュアル・リアリティ(VR)は,使用する人の肉体に回帰しなければならない,また,ネットワークに接続されている必要があるという当初の定義を受けて,今日のVRの姿について改めて考えさせられる.現実世界を超越したいという欲望を持つ人間ならではの感覚によって広く浸透したVRという概念は,「身体が現実世界を超越するということ」の本質を,仮想空間への適応を通じて体験的に獲得する試みのように感じられた.例えば空を飛びたいといった,身体能力を飛躍させることで満足するだけではなく,その超越した身体として現実世界,もしくは仮想の世界から外部と接触し,新しい視点を持つようになること.プログラムされた世界の中だとしても,プログラムだけでは実行できない,新しい世界の見方を自分の身体を通して発見したい,という欲望に基づいているのではと考えた.VRによって得た経験が現実世界に生きる私たちの身体に回帰し,そこで一度超越した感覚を現実世界で引用することができれば,日々現実世界を想像力で超越していくことができるかもしれない.VR市場では視覚的な“Reality”を追求するものが増えてきているが,ジャロン・ラニアーの言うような作品のメッセージとして,新しい思考を導き出すような“Reality”を伝えるためのテクノロジーとの付き合い方も同様に認知されてほしい.


デジタル・アートの保存における保管団体/作品/経済の問題,アップデートとアップグレードの関係,また現在でも度々耳にする「最先端」とは何かの議論が,メディア・アートのマスターピース(と動画の中で呼ばれる)《レジブル・シティ》を例に展開される.「作品は古くなったとしても,その技術が現代の文脈と関係性を持ち,考えるきっかけを提供している」ことが,技術や鑑賞者の状況が変わっても作品が取り上げられ続ける理由であるというコメントが心に残った. また保存の必要性を考えるということは,メディア・アート作品がいつ壊れるのか,どう修復するのかを検討するということで,この議論の延長線上にあるメディア・アートの「死」とは何か,という点については2018年に山口情報芸術センター[YCAM]で開催された「メディア・アートの輪廻転生」展註2 と,《欲望のコード》の保存・修復プロジェクト註3 を通して日本語で多くのメディア・アーティストの思想がアップデートされており,ここにも思考のタネがたくさんある.


幾度もの展示を経た三上晴子の《欲望のコード》《Eye-Tracking Informatics》について,各展示のアップデートの詳細やそれを許す強いコンセプトが作家本人によって語られる. ナムジュン・パイク*6 のヴィデオ・アートの修復の苦労を知ってから,デジタル・メディアの作品は発表段階で保存されるものと漠然と思っていた当時大学生の私が,アップデートされうるメディア・アート作品があるということを知った動画.本人が語る空間構成,機材選定の理由など,コンセプトを作品に落とし込むプロセスや技術に対するスタンスは,私にとって一つの指標となっている. トーク後半「意味の病」をきっかけに議論が白熱し,ゆるやかにジャロン・ラニアーのインタヴューに関連する話も経由して非常に刺激的なのだが,その時間作品の当事者である三上は発言していないにもかかわらず,語られることで作品や存在を強く感じさせているところが個人的ハイライト.このような議論を生む作品をいつかは,という気持ちになる,もはやバイブル的動画.


作家本人が不在の状況において,どう本人らしさを客観的に構築していくか,その基準をもとに作品をアップデートしていくプロセス,インタラクションの形式化の試みなど,初期から三上作品に携わりそれぞれが作家としても活動しているメンバーとインタラクティヴ・アートアーカイヴを主導する久保田晃弘*7 によるシンポジウム. 私が語るのは大変おこがましいのであまり長く書くのは憚られるのだが,このシンポジウムを通してまず強く思ったのは,エンジニアとして参加していた,平川*8 ,古舘*9 ,三原*10 といった作家が,作家の視点を持っているからこそ,作家としての三上らしさを見出せているのではという点である.随所で参照される変態美とも思える貴重なアーカイヴ資料を見ても,「何を保存したいか=作品の本質は何か」を自己(他己)分析していく作業の積み重ねの様子とその重要性がうかがえる.三上作品以外にも古橋悌二*11《LOVERS》再展示の様子註4 など,発表初期から時間を経たインタラクティヴ・アート作品のアーカイヴについて多方面から言及があり,作家として同じレベルを目指すにはハードルは高いが,アーカイヴの一つの理想的な指標として大変参考になる議論が展開されている. 欲望のコードの再制作の様子については,YCAMのVimeoで公開されている‘Restoration work of Seiko Mikami’s “Desire of Codes”’シリーズの動画註5 や書籍『SEIKO MIKAMI——三上晴子 記録と記憶』註6 も併せて見ていただきたい.


[註1] ^《Lenna》
https://miyuhosoi.com/lenna/

[註2] ^「メディア・アートの輪廻転生」展
会場:山口情報芸術センター[YCAM]
会期:2018年7月21日ー10月28日
https://www.ycam.jp/events/2018/reincarnation-of-media-art/

[註3] ^《欲望のコード》の保存・修復プロジェクト
文化庁メディア芸術アーカイブ推進支援事業(平成28年度および29年度)の補助を受け,山口市文化振興財団により2016年7月から2018年1月にかけて実施.

[註4] ^ 古橋悌二の《LOVERS》再展示の様子:プレゼンテーションの内容の一部は,文化庁平成28年度メディア芸術連携促進事業
「タイム・ベースド・メディアを用いた美術作品の修復・保存・記録のためのガイド作成」実施報告書でも読むことができる.
https://mediag.bunka.go.jp/projects/project/ichigei-report.pdf

[註5] ^ YCAM vimeo ‘Restoration work of Seiko Mikami’s “Desire of Codes”’

[註6] ^『SEIKO MIKAMI——三上晴子 記録と記憶』
NTT出版,2019年3月22日発行
ISBN: 978-4-7571-6078-1

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ ベルンハルト・ゼレクセ 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/bernhard-serexhe/
*2 ^ 馬定延 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/ma-jung-yeon/
*3 ^ 三上晴子 
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/mikami-seiko/
*4 ^ 池上高志
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/ikegami-takashi/
*5 ^ 榑沼範久
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kurenuma-norihisa/
*6 ^ ナムジュン・パイク
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/nam-june-paik/
*7 ^ 久保田晃弘
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kubota-akihiro/
*8 ^ 平川紀道
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/hirakawa-norimichi/
*9 ^ 古舘健
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/furudate-ken/
*10 ^ 三原聡一郎
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/mihara-soichiro/
*11 ^ 古橋悌二
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/furuhashi-teiji/

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