HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC’s Video Archive

Vol. 9

三原聡一郎 MIHARA Soichiro

撮影:クリスティーナ・クービッシュ

世界に対して開かれたシステムを提示し,音,泡,放射線,虹,微生物,苔,気流,土,水そして電子など,物質や現象の「芸術」への読みかえを試みている.2011年より,テクノロジーと社会の関係性を考察するために空白をテーマにしたプロジェクトを国内外で展開中.2013年より滞在制作として北極圏から熱帯雨林,軍事境界からバイオアート・ラボまで,芸術の中心から極限環境に至るまで,これまでに計8カ国12箇所を渡ってきた.

主な個展に「空白に満ちた世界」(クンストラウム・クロイツベルク/ベタニエン,ドイツ,2013/京都芸術センター,2016),グループ展に,札幌国際芸術祭2014(芸術の森有島旧邸, 2014),「サウンド・アート——芸術の方法としての音」(ZKM,ドイツ,2012)など.展覧会キュレーションに「空白より感得する」(瑞雲庵, 2018).共著に『触楽入門』(朝日出版社,2016).アルス・エレクトロニカ,トランスメディアーレ,文化庁メディア芸術祭,他で受賞.アルス・エレクトロニカ2019審査員.NISSAN ART AWARD2020ファイナリスト.また,方法論の確立していない音響彫刻やメディア・アート作品の保存修復にも近年携わっている.


今も次作に向けての滞在制作や視察が続いている.数日前まで岐阜は高山と郡上八幡をつなぐ深い森に佇み,瑞浪では地底300mの深地層に潜ってきた.秋の深まった頃に再び戻る森で気球を打ち上げるかもしれない.その森で緑,水,土の混じった匂いに包まれながらアイデアを思案する為にHIVEを眺めている.思えばICCを初めて訪れたのは2000年の「タンジブル・ビット— 情報の感触 情報の気配」展だ.以降,「アート.ビット コレクション」展の衝撃や,音楽とは別に拡がる繊細なアプローチの存在を知ったことで,メディア・テクノロジーを通じた音への好奇心から制作を始めた.私はリアルタイムに制御しうるさまざまな現象を試しながら,生命そして環境全体へと拡がる意識を基に制作を続けている.今,まさに自然とにらめっこしているのだが,時に外界は突然,感覚に土足で入り込んでくるような状況をつくり出す.それは山の移ろいやすい天気だったり,鳥や昆虫そして猿やニホンカモシカのふるまいだったり.それらの痕跡や兆候を基に計測装置や気象を調べて原因を想像している.日々こんな環境に浸っていることもあり,今回は外界を捉えること,または交感すること自体を作品化するような具体的な実践についてのアーティスト・トークに絞って選んでみた.私は作品装置,人間,環境の間に存在する関係性を意識するのだが,各作家の言葉から間合いが伺えて興味深い.


私は一時期,デイヴィッド・ダン*3 のCD『Angels and Insects』註1 収録の「Chaos & the Emergent Mind of the Pond」という曲にハマっていた.どのように音を導き出していたのか興味があったのだが,本人が話す様子と共に残されている映像は嬉しい.彼の活動の根底に流れる思想の紹介から始まるのだが,冒頭で通訳者に謝辞を述べるなど,非常に独特な語り方で進んでゆく.「音が環境とどう関係するのか?」という骨子は壮大に展開され,特にコミュニケーションにおける言語に潜む要素に関する例示も多く出てくる.このような探索的な芸術アプローチは,近年のトークであれば流氷に向かいつつも現地の記憶文化にも耳を澄ます上村洋一*4 さんの試みも興味深かった.既存の規定された芸術の範囲を大幅に超えた射程をもつダンの言葉は,不惑を迎えた私に,アーティストの新しいエコシステムを標榜し実践していく上で非常に示唆的に響いた.

後半の質疑応答で「鑑賞者と作家が一体環境の中でどこにいるのか? またそれらの作用はどのように捉えるべきか?」という繊細な質問があったが,この矛盾した居心地を意識することは多い.この質問者である銅金裕司*5 さんが藤幡正樹*6 さんとコラボレーションした《Botanical Ambulation Training 植物歩行訓練》についてのトークを次にあげたい.


HIVEを総覧していて思い返すのは,藤幡さんの著書『アートとコンピュータ』註2 のことだ.私の学生時代に日本語で読めるメディア・アーティスト自身による唯一の著作で,幾度も読み返し,展覧会にも足を運んだ.銅金さんには,2011年にデンマークで行なわれた日本のサウンド・アートの展覧会「Simple Interactions」註3 でご一緒して以来,ラン,アリジゴク,獺祭の語源,白金触媒式カイロ,そしてパイプのたしなみに至るまで広範な話を伺うのだが,好奇心で培われた知識を制作の如何に問わず拡げている非常に刺激的な人だ.そんなパイオニアの二人のコラボレーションは能動的に植物の進化を変更しようという試みだ.トークは全編通じて非常に楽しいのだが,園芸に詳しいゲストのいとうせいこう*7 さんが柔らかく植物の世界へのイントロダクションを行ない,後半では,生命である他者にアプローチする際に,その方法として環境ごとアプローチする視点が展開される.個人的には「ハチが存在して完成」という言葉に,この作品が求める理想的な時間軸を感じた.私はイン・プログレスの《空白のプロジェクト#3 コスモス》註4 において,苔玉に君が代を歌わせ躍らせるという皮肉を設定しているのだが,次の展開を考えるにあたり,《植物歩行訓練》が切り込んだアプローチにヒントが潜んでいると感じている.


さて今回のプロフィール写真はクリスティーナ・クービッシュ*8 が面白がって撮ってくれたものだ.僕にとって彼女,そしてフェリックス・へス註5 ,ロルフ・ユリウス註6 ,アルヴィン・ルシエ*9 ,鈴木昭男*10 達がもたらした世界観は何よりも特別だ.制作を継続する喜びのひとつは彼らと出会えることである.昨年にはクリスティーナと音の芸術の現在について共に議論する機会に恵まれた.帰り道にあの装置!を常に持ち歩いていることを知った私は,お願いして彼女と共にリンツ市内を歩きながら,またトラムで揺られながらその場で生成される街中の電磁場を聴いた.目の前の現実世界を捉えるもうひとつ別の知覚チャンネルを獲得したかのような驚きが顔に表われている様に思える.この電磁誘導を応用したヘッドセットを2003年の「サウンディング・スペース」展で初めて耳にあててから16年後のことだった.作品として構成された音源ではなく,この装置で知覚可能な偶然性を聴けたことは本当に贅沢な経験だった.このように能動的に聴いてゆく体験を可能にした先駆者のキャリアはフルートの演奏から始まる.サイト・スペシフィックな環境装置から音響彫刻に至るまでの紹介を通じてサウンド・アートの歴史のひとつが語られている.


クリスティーナのトークで,電子的に生成した鳥の音を鳥が模倣し始めるという作品が出てくるが,その学習プロセス自体を作品化したアーティスト・ユニットtEnt*11 のプレゼンテーションは,《空白のプロジェクト#4 想像上の修辞法》註7 を制作している時に非常に気になった作品だ.私は鳥の囀りに関する全てを作品装置と切り離したかったので,鳴管構造の物理モデリングや学習アルゴリズムを通じた科学的な開発アプローチを知ることが出来たのは幸いだった.プレゼンテーションに同席しているジュウシマツくんのリアクションもほほ笑ましく,また質疑応答の数と種類がとても多く楽しめる.最後の方で久原氏から「アートとして提示したことはなく,環境装置の実験展示である」というエクスキューズがあるのだが,この作品が何であれ面白いと思ったし,科学技術時代の今,本人の意思に関わらずこのような試みが芸術でないことはないだろう.


環境装置の視座で最後をデイヴィッド・ボウエン*12 のトークで締めくくりたい.さまざまな自然現象を扱う上でテーマごとに専用の装置が導き出されることは私にとって自然なことなのだが,彼のヴァラエティに富む作品群は面白い.それだけでなく,装飾性を抑え,機械原理やセンサ・システムの生々しさから獲得される生き生きとした表情を持っていることにも興味を覚える.有機的なシステムを制作するためにアーティストの考えることは面白い.ハンガリーのレジデンシーで制作された,風によるドローイング・マシーンの紹介があるが,精緻なハードウェアやソフトウェアを設計しリモート・センシング技術まで応用する彼が,このような優しい作品も提示できるという幅にうなる.「サウンド・アート—音というメディア」展出品作家のマックス・イーストレイ*13 は非常にシンプルなしかけで多様な不確定性を生み出しているが,運動や反応を扱うアーティストに通じる洗練したミニマリズムを感じる.トークで紹介される一連の作品群は非常に楽しめる.

さーてお腹が減ってきた.その森の山葡萄はまだ食べられなかったから里に降りてお金を使うとしよう.


[註1]^ 『Angels and Insect』:¿What Next? Recordings,1992年

[註2]^ 『アートとコンピュータ』:『アートとコンピュータ—新しい美術の射程』著:藤幡正樹,慶応義塾大学出版会,1999年4月刊行,ISBN:978-4766407389

[註3]^ 「Simple Interactions」:「Simple Interaction: Sound Art from Japan」,2011年9月24日—12月18日,ロスキレ現代美術館,デンマーク

[註4]^ 《空白のプロジェクト#3 コスモス》:2015年発表.http://mhrs.jp/cosmos/

[註5]^ フェリックス・ヘス:Felix HESS(1941–).サウンド・アーティスト.三原は,自身がキュレーションした展覧会「空白より感得する」(2018年10月13日—11月11日,瑞雲庵,京都)のためにヘスを招聘している.展覧会ドキュメント: https://www.youtube.com/watch?v=N7x24hJxtUM

[註6]^ ロルフ・ユリウス:Rolf JULIUS(1939–2011).サウンド・アーティスト.

[註7]^ 《空白のプロジェクト#4 想像上の修辞法》:2016年発表.http://mhrs.jp/imaginary_rhetoric/

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ 藤枝守
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/fujieda-mamoru/
*2 ^ 柿沼敏江
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kakinuma-toshie/
*3 ^ デイヴィッド・ダン
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/david-dunn/
*4 ^ 上村洋一
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kamimura-yoichi/
*5 ^ 銅金裕司
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/dogane-yuji/
*6 ^ 藤幡正樹
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/fujihata-masaki/
*7 ^ いとうせいこう
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/ito-seiko/
*8 ^ クリスティーナ・クービッシュ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/christina-kubisch/
*9 ^ アルヴィン・ルシエ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/alvin-lucier
*10 ^ 鈴木昭男
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/suzuki-akio/
*11 ^ tEnt
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/tent-tanaka-hiroya-cuhara-macoto/
*12 ^ デイヴィッド・ボウエン
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/david-bowen/
*13 ^ マックス・イーストレイ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/max-eastley/

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