ICC
《invertone》
2007年
カールステン・ニコライ
《invertone》
撮影:木奥惠三

空間には,2本のスピーカーが向かい合い,そこから発されたホワイトノイズが空間全体を均質に満たしています.スピーカーの間にたたずむと,ちょうど中間の地点においてノイズが消え,無音がそこを支配します.シンメトリックに相対する各スピーカーから発される逆位相の波形が直接出会うことにより,互いの音が打ち消し合い,一種の「ブラインド・スポット」が出現するのです.

《invertone》は,音の反響を吸収する素材で覆われた無響室という空間で,位相を反転した音の波形が相互干渉することで,音が減衰する現象を体験させるインスタレーションです.タイトルは,「invert」(逆さにする)と「tone」(音)による造語です.この作品では,音が目に見えないものの,周波数による流動的かつ非物質的な<彫刻>であるかのように扱われています.周波数は,空気の振動や流体の波紋のように物理的現象としてあらわれますが,ふだんその存在を知覚し直面する機会はほとんどありません.この作品は,音の現象が物理・幾何学的な相互干渉をともなうこと,そこにいかに人間の知覚が関係しているかを示唆しています.また,反復的な音響吸収材とスピーカーというレディメイドの製品で構成されたミニマルな空間は,ニコライならではの美学を雄弁に語っているといえるでしょう.

協力: ギャラリーEIGEN + ART(ベルリン/ライプツィヒ),ペースヴィルデン スタイン(NY)
カールステン・ニコライ プロフィール

カールステン・ニコライは,ドイツのベルリンおよびケムニッツ在住.別名alva noto, aleph-1としても活動する.音響学,幾何学,結晶学など物理科学の成果を独自に応用し,物理的現象や情報の創造的なプロセスを微視的に扱う作品を,電子音やヴィジュアル・アートを超えて発表し,国際的な評価を得る.1992年にnoton.archiv für ton und nichttonを,99年にレーベル raster-notonを設立,また池田亮司,坂本龍一とのコラボレーションも行なう.

過去に参加した展示・イヴェント
キーワード:音響

サウンド表現においては,90年代半ばより,音を空間における周波数による空気振動として,物理的に捉える方向がさかんになりました.音を非物質でありながら即物的なマテリアルと位置づけるこの方法は,メロディやリズムではなく,空間を一種非物質的な構造物として浮上させ,その場にいる体験者の存在や動きが音に影響を及ぼすだけでなく,体験者の知覚および聴取が,その<作品>を形成する重要な要素の一部とみなされます.