チャンネルICC
電磁場の録音 マドリード 2005年
Photo: Miguel Alvarez Fernandez
ICCでは,1月31日(日)にクリスティーナ・クービッシュをお迎えし,スペシャル・トーク「電磁気を調査する──インスタレーション,作曲,パフォーマンス,そして《エレクトリカル・ウォークス》シリーズ」を開催します.
クリスティーナ・クービッシュは,2003年にICCでの展覧会「Sounding Spaces──9つの音響空間」に出品,アシスタントのオネン・ボック(現在は先日惜しくも亡くなられたClusterのディーター・メビウスの後任としてQlusterのメンバーになっている)とともに来日しました.作品の展示作業が一段落したあと,彼らはいま新しく実験している作品があるから,それを聴いてみてほしい,と言って,その実験中の作品であるヘッドフォンを小さなアタッシュケースから取り出しました.そのヘッドフォンはワイヤレスで,装着すると断続的なノイズが聴こえてきました.ヘッドフォンから聴こえる音はICC館内の電磁波が音響化されたものであり,その改造したヘッドフォンは電磁波を音に変換する装置でした.彼女も一緒にヘッドフォンをし,ギャラリーのバックヤードヘ歩いていくと,それぞれの場所で聴こえてくる音は変化し,館内の電磁波の状態が,通常耳で聴くことができるものとは異なるサウンドスケープを生み出しました.それが,現在まで世界各地で行なわれている,彼女の代表作のひとつとなった《エレクトリカル・ウォークス》となりました.
サウンド・アートにおける先駆者のひとりであり,70年代から一線で活動しているクービッシュは,わたしたちが通常の状態では知覚することができない環境を音響化し,それを聴くことを通じた表現を続けているアーティストです.絵画,音楽を学び,のちに電子工学を修め,伝統的な音楽の演奏法を覆すような作品や,当時のボディ・アートの影響を受けたパフォーマンスによって活動を開始しました.現在では,観客が能動的に関わって音を経験し,音空間を作り出すようなサウンド・インスタレーション作品を,美術館などの屋内空間や屋外で発表し,これまでに国際的なテクノロジー・アート,サウンド・アートの展覧会やフェスティヴァルに数多く参加しています.
今回,クービッシュはナレッジキャピタル(大阪)でのワークショップのために来日し,またICCでは2003年以来12年ぶりとなるアーティスト・トークを行ないます.先に述べた,さまざまな場所における環境での電磁場を特別のヘッドフォンを用いて聴く,近年の彼女の代表作となっている《エレクトリカル・ウォーク》の実演も行なう予定です.
ここに,2003年の展覧会の際に執筆した,クービッシュについての短いテキストを再掲します.ICCで展示された作品《イースト・オブ・オアシス──音への12の入口》をはじめ,彼女の活動を概観する内容となっています.この中で書かれている,現代における人工の自然としてのテクノロジー環境,という問題意識は,「《エレクトリカル・ウォーク》では,テクノロジー環境に限らない」と彼女は言います.そうした,この12年間の変化も含めたアーティストの活動を聞く貴重な機会となるでしょう.
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撮影:大高隆
天井高6メートルほどのギャラリー空間に,床から天井へと垂直に伸びる黄と緑に色分けされた24本のケーブル.それらのケーブルと蛍光灯による照明が周囲を照らしている以外には,作品の視覚的要素はなにもない.まるでミニマル・アートの作品のようにも見えるこの作品は,2003年にICCで開催された展覧会「サウンディング・スペース」展のために制作された,クリスティーナ・クービッシュの作品《イースト・オブ・オアシス──音への12の入口》である.
ケーブルは,床から天井へ,そしてまた床へと往復する一本のケーブルがループ状のアンテナになっており,人が一人通れるくらいの一メートルほどの間隔をもって平行に張られている.それらのケーブルから音が発信され,それを電磁誘導によってレシーバー付きのヘッドフォンで受信して聴くという仕組みだ.空間内に任意に設置された合計12の音のゲートは,それぞれが川のせせらぎや,虫の鳴く音,鳥の鳴く音,動物の唸り声などの異なる自然音を発信しており,それらが森の中のように構成,配置されている.観客は耳に入ってくるそれぞれの音を,自分自身が移動することで,各自のサウンドスケープをつくることができ,観客がケーブルに近づけば聴こえてくる音は大きくなり,離れれば小さくなる.あるいは,別々のソースのケーブルの間を移動すれば,それらがミックスされた音を聴くことができる,というように,観客が一種のミキサーのような役割をもって参加する,インタラクティヴな作品であり,また,音によって構成される人工の自然環境でもある.
撮影:畠中実
クービッシュは,これまでにも国際的なテクノロジー・アート,サウンド・アートの展覧会に数多く招待されているアーティストである.1948年ブレーメン生まれ,絵画,音楽を学び,のちに電子工学も修めた.1970年代の初頭からコンサート,パフォーマンスによって活動を開始し,ホースから噴射した水をスティール・ドラムにあてて演奏したり,ボクシングのグローブをつけてフルートを演奏したりするような,伝統的な音楽の演奏法を覆すような作品や,当時のボディ・アートから影響されたという,拘束衣のようなガスマスクを装着して,それを吹く作品などのパフォーマンスを行なっていたが,20年ほどまえにパフォーマンスによる活動に終止符を打った.その理由は,自分が観客から注目を集めるような状況でのパフォーマンスに耐えられなくなったためだという.そして,観客が舞台上の演者をただ観るだけの作品ではなく,観客が能動的に関わって音を経験し,音空間を作り出すようなインスタレーション作品へとその関心を移していった.そこでは,観客が作曲家であり,作者自身は裏方にまわるようなあり方が提示される.
ミラノで電子工学を学んでいた時に知ったという電磁誘導の原理は,19世紀からある古い技術だが,いまや彼女の作品にとって重要な要素となっている.彼女は,これまでに多くの電磁誘導ケーブルを使用したインスタレーションを制作しており,鉢植えなどの木の幹や枝に蛍光塗料を塗ったケーブルを巻きつけた作品や,野外の自然環境の中で,電子音による模倣された自然音を聴く作品などがある.たとえば人工的な環境の中では,自然の具体音を用いて疑似自然環境を作り出し,逆に自然環境の中では,電子音によって自然環境をシミュレーションするというように,その方法論は作品が提示される場所によって変化する.
たとえば,1992年に四谷(当時)のP3で展示された作品《The true and the false》(真実と偽り)では,地下にあるギャラリー空間にスピーカーを取りつけられたやすりの円盤が配置され,コオロギの鳴き声のような微細な音が聴こえるが,実際にはそれは人工的に作られたものである.この音は,屋外に設置された太陽電池によって,外の太陽光からもたらされたもので,外界の光の状態の推移によってその音の状態を変化させる.地下という光から遮断された空間で,音から時間をうかがい知るように,知覚できない見えないものを聴こえる音で知覚できるようにする.
このように,彼女の作品で顕著なことは,それが設置される場所に依拠した,サイト・スペシフィックな作品であるということである.それには,彼女の作品が,音楽が演奏されるような場所では発表の場はなく,工場の跡地などがその主な発表場所となっていたことがその一因となっている.たとえば,1950年代に閉鎖された工場での恒久的なインスタレーションでは,9時から5時まで十五分ごとに仕事の時間を告げる時計塔を使用して,その鐘のサウンド・サンプルを録音し,太陽電池で光量を量り10分ごとに音が変化する.光の量によって音の大きさなどが変化し,夜は音がしない.あるいは,結婚式などの式典に使われていた場所が使用された《テーブル・ミュージック 2000》では,テーブル上にプレート状の白いスピーカーが,まるでディナーのごとくいくつも並べられており,観客がテーブルにつくとそのスピーカーからミューザックが流れてくる仕掛けになっていている.しかし,聴いているうちに観客は段々とその音楽が気にさわるようになってくるというものだ.
また,音と光を用いたインスタレーション作品も彼女の作品の特徴のひとつである.現在展開されている「スピーカー・フィールド」というシリーズの作品《DIAPASON》では,スピーカーに蛍光顔料を塗ったものを床に配置し,そこから古い医療用の音叉の音を使って録音された音が流される,非常に美しい作品である.
彼女がテクノロジーを使って一貫して表現しているのは,そうした自然と偽の自然とが作り出す対比関係である.たとえば現代のテクノロジーが作り出す環境が,人間に与える影響を考えれば,それはまさしくわれわれにとっての新しい自然環境であるとも言える.しかし,彼女は決して自然に回帰することや,あるいは反対にテクノロジーを礼賛するようなことではなく,このテクノロジカルな風景を通して,自然とテクノロジーの両者に対して,自然とデジタルの差異などに思いをめぐらせることを促そうとするものだろう.
初出:『musée』45号(2003年9月),NMNL
[畠中実]
クリスティーナ・クービッシュ スペシャル・トーク
「電磁気を調査する──インスタレーション,作曲,パフォーマンス,そして《エレクトリカル・ウォークス》シリーズ」
司会:畠中実(ICC)
日時:2016年1月31日(日)午後3時より
会場:ICC 4階 特設会場
定員:150名(当日先着順)
入場無料
日英逐次通訳つき