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ICC メタバース・プロジェクト
エキソニモ(千房けん輔/赤岩やえ)×ドミニク・チェン「仮想空間のリアリティとは」
仮想空間の中の“あらがえない自然”とは?

──いまの話を伺っていたら,建築家の柄沢祐輔さんが「中心部が移動していく都市を考えている」と話されていたのを思い出しました.

ドミニク:ウェブでは中心がどんどん移動するというのが日常的にあって,その脱中心的な構造をリアルな都市空間にどう移植するかという話は興味がありますね.そういう意味でいうと,僕は環境決定論者な部分がありますが,結局身体をもって生まれてきたからには超えられない現実世界の「リアルさ」っていうものがあると思うんです.でも,現実世界のリアルさっていったい何だろうって話がありますよね.で,以前千房さんと水石(すいせき)の話をしていたのを思い出しました.イメージとしては,つげ義春の漫画『無能の人』の中で,主人公が多摩川で石を売っていて,石が形を変えていくプロセスを愛でる世界があるんです.それで千房さんと「オープン・ネイチャー」展の会場でそういう話をしていて,まさに千房さんが水石の展示に行ったという話をしていたんです.川で拾った石に毎日水をかけていたら,何十年後にはいい感じの石になる,という……で,「そういうのって,デジタルの世界だとまだ実現できないよね」と.
 いまの話はそれと繋がってくると思います.例えばセカンドライフをやっていると本当に「これってアメリカ人が作ったんだなぁ」と思うのは,あれって西部開拓の物語そのまんまなんですよね.皆で何もない土地に入ってゆき,植民して,家を建てる……そこでは地震も火事も起きないし,台風も来ない.
 かたや日本のMMOですごく感動したものがあります.コミュニティーエンジン社の「gumonji」というサーヴィスなのですが,もともと代表取締役の中嶋謙互氏が京大農学部で作っていた自然環境シミュレータを,現在MMOサーヴィスとしてやっているものです.あれをやっていると,その世界の中で「あらがえない自然」を感じます[※08]
 ユーザーには100×100マスぐらいの世界が与えられていて,例えばその中に貯水池を作って雨を降らせたり,山を作って森林を計画すると,やがて動物が誕生したりする.だけど,途中でしばらく席を離れてから戻ってみたら,森林は破壊され,動物が異常繁殖していたりする.夜,仕事から家に帰ってきたら「世界中が動物で埋まっちゃった!」みたいな(笑).そのときに感じる圧倒的な「あらがえなさ」は,すごくゾッとする感覚です.メタバースを作っていく発想にも,こうした「自然の流れ」的なものが重要なのかもしれません.

千房:ちなみにそれって,視点はどうなっています? 「シムシティ」みたいな俯瞰視点?

ドミニク:そう,シムシティ的,というか自分のアヴァターがいるんだけど,ポインターみたいな形態で,一人称になることもできる.だから普段は「トップヴュー」でやるのが普通かな.

千房:それってすごくアジア的ですね.かたや一人称で殺し合うFPSっていうのは,すごく西洋的な発想だと思う.

ドミニク:そうですね,基本的にFPSって「個人プレイありき」の世界で,協力することはできても皆でなんとかしようという全体最適的なものでもない.だから日本ではあまり流行っていないんだと思う.
 FPSにもMMORPGにもチームプレイがあるんだけど,あくまで個人主義.この前「ワールド・オブ・ウォークラフト」[※09]というMMORPGを久々にやってみたけれど,今でも普通に盛り上がってる.常に他のプレイヤーがうじゃうじゃいるし,そこらへんの奴に「ちょっとチーム組もうぜ!」って声をかけていっしょに行動できる.ただ,同時にプレイヤー・キル(PK,ユーザー同士が殺し合うこと)もできるし,かなりドライな世界ではある.よく言われることだけど,こればかりはアジアと欧米の文化的な差異がけっこう大きいのかもしれませんね.
 ただ,話を戻しますと,「3D仮想空間といって,どういう世界を作ればいいのか?」と言ったときに,僕だったら(gumonjiに代表される)アジア的な世界のほうがリアリティを感じるし,面白いと思う.

千房:視点について言えば,ニコニコ動画なんかのウェブサイトのほうが,もっと神の視点に近い……というか,その中に“自分”が存在しないですよね.そういう意味では「アヴァターがいない」メタバースって,あまりないですよね.3D空間だと,自分の視点を元に計算して画面が作られるから,自分という座標が重要になってくるからだと思うのですが,そこが取っ払われたら,逆に面白いのかもしれない.

赤岩:gumonjiもすごく面白そうだけど,もしやるとしたら水石かな……やっぱりシミュレーションでは想定できない部分,例えば人に見せようとしたら落として割れちゃった,みたいな予想外の展開がありそう.

千房:確かにシミュレーションは理系男子の夢みたいなところがあるからね(笑).gumonjiも「それぞれの人のマシンでレンダリングさせている」ところは,リアルだし予想外な展開につながるとも言える.

ドミニク:「いい土を選ぶと,草が生える」みたいに,いいマシンにすれば世界のあり方が変わってくるからね.

千房:ウェブを使い始めたときに思ったんですが,使うブラウザによって見えるウェブの世界が違うのが面白かった.つまりブラウザによってHTMLのレンダリングが違ってくるということなんだけど.デスクトップが世界を規定してしまう.そこがリアルに感じた.だから,例えばデスクトップのアプリケーションと仮想空間が繋がったりすると,また面白いのかもしれない.gumonji的なシステムと,メーラーソフトとかのデスクトップのアプリケーションが連携して,またひとつの世界を形成する,とか.

赤岩:前にドミニクといっしょにやろうって言っていた「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン」[※10]の話も,現実の空間とヴァーチュアルの世界を繋いだアイディアですよね.現実にあるルーブ・ゴールドバーグ・マシンが,ヴァーチュアルの中のルーブ・ゴールドバーグ・マシンとつながっていて,さらに両方の空間を行ったり来たりすると言うアイディアだったんですが,現実とヴァーチュアル空間でのリアリティのズレ,みたいなところで面白い実験ができるんじゃないか,って.

ドミニク:ここのところずっと,その「繋がっている」ということをわりと長期的に考えていて……例えばウェブの中にただ引きこもるのではなく,持続的に「ウェブといっしょに(この身体もいっしょに)住めるのか?」という表現をあるエンジニアの方が口にしていたのですが,個人的にも以前から「ウェブと現実の中間層」ということが気になっています.ハイプなサーヴィスが出てきて盛り上がっても,「はたしてそれが2,3年後にも使えるのか」とか,そういう意識.たぶん,ニコニコ動画とはいっしょに住めそうだけれど…(笑)[※11].現実と「向こうの世界」と,2つが別々にあって,それぞれで面白いことをやるのではなくて,2つがカップリングしながらうまくやっていけるのか,ということ.

赤岩:実際には,ウェブと現実の空間って,もう分かれていないよね.特にケータイの世界ではそれがきわだっていて,みんなリアルなコミュニケーションを補完するようなウェブの使い方をしている.メタバースで違和感があるのは「(さらに空間が)もう一個ある」ところ.ウェブと現実空間がすでに繋がっているんだから,それ以上は必要ない気がする.

──現実世界の自己と直接繋がっているウェブ世界もあるけれど,メタバースのアヴァターというのは自分と全然違っていてもいいわけですね.そういう方向についてはどう思われますか?

ドミニク:アヴァターというよりはペルソナ(人格)の話ですが,匿名で行動できるというのは,デジタルの世界においてもっと大事にすべき価値だと思います.で,メタバースやミラーワールドの方向性って,「現実世界の自分がそこへ入っていけるのが,いい!」という傾向があります.でも,そういうところにも人種や民族による文化の違いが表われると思います.
 先ほど千房さんが言ったみたいに「自分がいなくなる」世界もあるでしょう.例えば,顔は見えているけれど,お互いが何者かは分からない群衆の中に紛れ込んで歩く感覚……というか,アジアの街角みたいな感覚.圧倒的な場があって,空気があって,その空気が大きな流れを作るリアリティでしょうか.2ちゃんねるで祭りが起きるときも,そういうリアリティと密接にリンクしていると思います.「匿名的で複数の自分」と「ひとつしかない自分」を切り分けるのではなくて,うまく結びつけるようなライフスタイルを考えていかなければならないと思います.

赤岩:私の場合はアヴァターがあると,それのせいで逆にやりにくくなる.むしろアヴァターがないほうが人格を切り替えやすい.アヴァターを作るときって,どうしても自分に似せてしまうから.アヴァターがなければ,そこはブッ飛ばせちゃう.ただ,最初に作ったアヴァターに飽きて,全然違うのに作り直してもう一度参入すると,コミュニケーションの取り方も他人との関係性も,以前と変わってきたりするのは面白い.

ドミニク:その方向でいうと,セカンドライフの中にも「池袋駅」があるんだけれど,そこにいろんなアヴァターを使い分ける人が集まってきていて,会話している途中でも,瞬間瞬間別のアヴァターに切り替わっていくんです.「今月,これで3体目」とか言っていて(笑).それも,ネットにおける処世術のひとつだと思う.でも,やっぱりどうしても形状に縛られますよね.

赤岩:人の扱いもアヴァターの形状で変わってきますよね.以前,セカンドライフを試していたとき,千房がすっごく醜いアヴァターを使っていたの(笑).もう男か女かも分からないし,パンツとかがはみ出しちゃったりして,かわいそうな感じ(笑).そうしたら,周囲のみんながすごく優しくしてくれて,「いい服あるよ!」って教えてくれたり「やり方教えようか?」って言ってくれた.ニコニコ動画でも,文字だけのコミュニケーションだと,普段とは全然違う自分が出てきたり……自由に振る舞えるようなところがある.

──ニコニコ動画もメタバース的なものも,ひとつのプラットフォームがあり,人がそこに集まってきて,どういうふうにコミュニケーションを取っていくかの部分では,共通するところがあるはずだ,と.

ドミニク:最近,携帯サイトの「モバゲータウン」(http://mbga.jp/[携帯電話専用])とか「GREE」(http://gree.jp/)あたりに潜入して,ゲームをやりまくっているんだけれど,アヴァターがあって,ゲームをやって,皆に点数を自慢して,お互いの日記に足跡を残して……という感じで,それも完全に仮想世界なんですよね.だけど,メタバースとまったく同じ行動を取っていても,こちらのほうがすごいスピードで皆が参加していて,しかも経済がきちんと回っている.聞いた話によると,GREEの場合,アヴァターをグレードアップしたりいいアイテムを手に入れるために,月に100万円くらい使う人もいるそうです(笑).例えば「いいルアーじゃないといい魚が釣れない」というように設計されているんです.でもそれって現実世界と同じで,逆にしんどくない? とも感じますね.

──そこでの経済が回っているということは,ユーザーがゲーム会社を潤わせるという意味ですよね.メタバースだと,現状,広告による経済効果とか,ユーザー同士の売買,みたいな事態が考えられますが.

ドミニク:その他にも,アイテムを贈与しあう関係もあります.GREEだと「クリノッペ」(http://gree.jp/?mode=static&act=page&page=ext_special_clinoppe)というペットゲームが今とても流行っています.それぞれのユーザーがペットを飼っていて,他のユーザーのペットにアメ玉を買ってあげたりすると,その飼い主は「オレのペットにアメ玉をくれた.いい人だ!」と感じて,友だちの申請をしてくれる……というふうに,コミュニケーションがスムーズになる.つまり,匿名版ミクシィみたいな感じで,実社会のしがらみがなく,ネット空間内での友だちを作っていける.

──「友だちになるためにお金を使わせる」というのは画期的ですね.

赤岩:でも現実世界だってそうですよ(笑).ホーム・パーティに呼ばれたら,ワインを買っていくし.

ドミニク:例えば着メロも,完全にそういう用途で回っている世界ですよ.「友だちにプレゼントする」という効果があったから,あそこまで売れているわけで,結局は動機づけをどう設定して,敷居をどれだけ低くできるかということが重要ですよね.つまり「1曲100円だから,ちょっとプレゼントしようかな」と思うわけだけれど……逆にあまりうまくいってないリアル連動のオンライン・ビジネスで,例えばTシャツのドロップシッピング[※12]があります.在庫を抱えずにその場でイラストをマッシュアップしてTシャツにできるわけだけれど,結局,デザインを作らないといけない敷居と,わりとお金がかかる敷居と,さらには発送まで3日くらいかかる等々の敷居があるせいで,現象としてはなかなか発火しませんね.

[※08]参考⇒gumonjiを利用したワークショップ「PICSY×gumonji」(2005年12月10日,ICC)(企画:ドミニク) [※09]「ワールド・オブ・ウォークラフト」(World of Warcraft):「ディアブロ」を開発した米Blizzard Entertainment社が開発・運営しているオンラインゲーム.世界で最も登録ユーザー数が多いMMORPG.グラフィックは3Dだが,要求スペックが低めに抑えられている. [※10]ルーブ・ゴールドバーグ・マシン:アメリカの漫画家ルーブ・ゴールドバーグが発案した表現手法で「普通にすれば簡単にできることを,手の込んだからくりを多数用いて,それらが次々と連鎖していくこと」で表現する仕組み.NHK教育テレビの番組『ピタゴラスイッチ』の中に登場する「ピタゴラ装置」が有名. [※11]ちなみにアルス・エレクトロニカ 2008で国際審査コミッティを努めたドミニクはニコニコ動画をウェブ・コミュニティ部門で強力に推薦した.結果的に営利企業が運営するサーヴィスとしては異例のHonorary Mentionを受賞. [ドミニク] [※12]ドロップシッピング:ネットショップに注文が入った時点で,それをメーカーや卸売り業者から直送させるネットショップの運営方法の一形態.商品提供業者の卸値に自由に上乗せをして販売し,差額分がネットショップの利益となる.