ICC
ICC メタバース・プロジェクト
江渡浩一郎「仮想〈空間〉の起源と進化」
仮想通貨に秘められた「危うさ」とは?

──では,これまでお伺いしてきた江渡さんの仮想空間歴を踏まえたうえで,現在のメタバースには何が足りないと思われますか?

江渡:まず,セカンドライフの件はちょっと特殊かな……と僕は思っています.この場でこういう話をしていいのか分かりませんが,やはりセカンドライフ・ブームは「作られたブーム」という側面があったのではないでしょうか.今,振り返ってきたように,セカンドライフのような仮想空間は,これまでにも様々な企業による数々の試みが登場しては消え……が繰り返された.そのなかで,セカンドライフだけがある程度の話題になったこと自体が,そもそも僕には腑に落ちないところがあった.
 一方で,仮想空間の試みがすべて失敗しているかというと,必ずしもそうではない.例えばネットワークゲームとしての仮想空間は(メタバースとは呼ばれていないけれど)確固としたマーケットを獲得し,経営的にも成功している.この事実は踏まえておく必要があるでしょう.ゲーム会社が仮想空間を徹底的にコントロールし,かつ,きちんとした課金制度を設けてユーザーから料金を徴収する.そうした分野はちゃんと機能している.
 なので,「仮想空間的な試みは,これまでに何度も出てきてはその度に失敗してきた」という結論そのものが,そもそもウソであって,本当はもう大成功しちゃっている側面もあるわけです.この種の試みはすっかり定着してしまったので,逆に見えづらくなっている.ですから「これは仮想空間といってもネットワークゲームだから,メタバースとは別だよね」と言われて,残りの枠のなかでの「成功例はないのか?」という話なわけです.

──たしかにご指摘の通り,昨今では「メタバース=セカンドライフのような事例」とみなされるケースが多いことは事実です.ちなみにいま江渡さんは「セカンドライフは(仮想空間事業的な試みのなかでも)特殊な例だ」とおっしゃっていましたが,リンデンドルという仮想通貨が流通するシステムには,やはり独自性があったと思います.仮想世界のなかで仮想の通貨を動かすことができ,しかもそれが現実世界の通貨とも交換可能だということが注目された.でも結局は,その仮想空間内の経済活動がうまく成り立たなかった.なぜうまくいかなかったのか……何かを変えることで可能性はないのか,そのあたりは,いかがでしょうか?

江渡:おっしゃる通り,セカンドライフが話題を集めた際,リンデンドルの存在が大きな役割を果たしたのはたしかです.仮想空間内でリンデンドルという仮想通貨を流通させて,それが現実世界の通貨とリンクするという仕組みは画期的な試みでした.
 ただ,そういう意味でもセカンドライフは,いままでに試みられてきた同様のシステムよりも,ネットワークゲームのシステムに近かったと言えるかもしれません.なぜかというと,お金を流通させられるくらいにネットワーク空間のセキュリティ設計がしっかりとしていて,かつ,ユーザー間でのお金のやりとりができる仕組みを作り上げていた.

 同時に,それまでのネットワークゲームと比べてセカンドライフが画期的だったのは,そこにある種のWWWのような自由度を少しばかり導入したことでしょう.例えばゲーム空間内で洋服を作ったり,土地を購入してそこに建物を建設したり,そういう自由度をユーザーに与えたところが画期的でした.
 僕が(セカンドライフのシステムに関して)プラスでもありマイナスでもあると評価しているのは……例えば,仮想空間内にJPGファイルをアップロードするときに「1枚につきいくら」かかりますよね.現実世界の通貨を使ってリンデンドルを購入して,そのリンデンドルでメタバース内の空間を買って,そこに自分が建てたい建物をアップロードしたり,自分がデザインした洋服をアップロードするのに,またリンデンドルを使って課金されていく……そういう仕組みによって,いわばWWWの自由さとネットワークゲームの不自由さを微妙に織りまぜて「お金さえ支払えば,自由」という空間を作り上げたのが,いわばリンデン・ラボ社の戦略としてはうまかったような気がします.
 そうすると,非常にかっこいいアヴァターを作成したり,Tシャツをデザインしたりして,それらを仮想空間内でたくさん売って「セカンドライフでリッチになる!」という話題が出てくる.いまとなっては「そんな時代もありましたねえ……」という感じがするかもしれませんが(笑),なにせ当時は画期的でした.なぜかというと(繰り返しになりますが)セカンドライフにはネットワークゲームみたいにガチガチにコントロールされた世界と,WWWみたいに完全に自由な情報空間の,ちょうど境目のところにフォーカスしようとしていたからです.アヴァターや空間を設計したり,洋服をデザインしたり,そうした自由を与えつつ,そこへ微妙に課金のシステムを配置する.自分でデザインしたTシャツを着たかったら,リンデンドルを購入しなければいけない.その代わり,そのTシャツが他のユーザーに売れたら,いくらかの儲けになる.そういう形で実世界とはまた別の新しい経済圏を作ろうとしたのが,リンデン・ラボ社の試みだったのだと思いますし,その意味では大いに評価できます.
 ただ,新しい経済圏を作るにあたっての苦労も,当然出てきます.これはリンデンドルに限らず,あらゆる仮想通貨に言えることですが,ポイントに還元してそのままだったら問題は少ないけれど,それを現実の通貨にもう一度換金できるようになると,非常に厄介な問題が発生します.具体的に言うと法的な問題なのですが,こういうシステムでは国家や政府がお金のトランスファーを十分に監視できなくなるため(すごく単純な言い方をすれば)脱税のうまい手口として使われてしまう可能性が出てくる.「第二の通貨」的なものを作ることに関しては法的な規制も強いし,(公ではあまり議論されていませんが)現実世界における軋轢も大きいのではないでしょうか.