ICC
ICC メタバース・プロジェクト
江渡浩一郎「仮想〈空間〉の起源と進化」
ウェブ・ブラウジングの可視化を追求した,90年代半ば

《RealPanopticon》/「on the Web——ネットワークの中のミュージアム」 江渡:「A Gopher in a Forest」で盛り上がっていた94年頃,僕は同時に(先ほどご説明した)《PeepHole》というカメラをウェブに接続する実験を行なっていて,それまたすごく面白かった.そして95,96年辺りもそういう活動を続けていました.ちょうど95年には「on the Web」というイヴェントがありまして,僕もディレクターとして参加して,さまざまな人の活動を支援すると同時に,自分自身でも作品を制作しました.ウェブサーバに集まる人を視覚化する,《RealPanopticon》[※05]という作品です.
 ウェブサーバというのは仮想的なひとつの場所なのではないか,と僕は考えたのですが,普通にウェブにアクセスするだけだと,ユーザー同士は他の人がどんなことをしているのか分からない.そこで,他の人が何をしているのかが見えるようなサーヴィスを作ってみたいと思いました.ちょうど僕はこのイヴェントの管理者を兼ねていたので,サーバにアクセスしてきた人がいまどんなページを見ているのかをリアルタイムで視覚化する作品を作ろうと考えたわけです.《RealPanopticon》にアクセスすると,ウェブサーバにアクセスした人がいま現在どのページを見ているかがリアルタイムで移り変わっていくのが見えますので,それをJavaアプレットで実行して公開しました.

「LambdaMOO」 江渡:あと,話が前後しますが,たしかこれも94年ぐらいに「LambdaMOO」というテキストベースの仮想空間を作っていました.例えば「あなたは家の前に立っています.どうしますか?」と文章が表示されたら,「ドアを開けます」とテキストを入力する.すると「部屋に入りました」と反応が返ってくる……そういったテキストベースのアドベンチャーゲームがありますが,それを仮想空間にして,複数の人が参加できるようにしたオンラインゲームが「MUD」(Multi-User Dungeon)です.で,この「LambdaMOO」は「MUDオブジェクト・オリエンテッド」と言いまして,そのMUDの空間をオブジェクト指向に拡張したもので,当時流行っていました.
 ゼロックス社パロアルト研究所の研究者パヴェル・カーティスが,オブジェクト指向言語でそうした空間を建設できるシステムを開発し,それを「LambdaMOO」という名前で公開したわけです.このパヴェルが運営するサーバ(http://www.lambdamoo.info/)にアクセスすれば,仮想空間に繋がることができたのですが,同時にユーザーが「LambdaMOO」のパッケージを自分のサーバにインストールすることもでき,それによって各ユーザーが独自の仮想空間を提供することも可能でした.それがすごく面白くて,僕も自前の仮想空間を作り,運営していました.たしか「架空のSFCキャンパス」みたいな趣向でした.「今,ナントカ棟の入口にいます」とか「α棟の入口まで来ました」というようにテキストが表示される…….

──それって,テキストベースで何人もの人の行動が表示されるわけですよね.まるで「Twitter」みたいですね.

江渡:その通りですね.そこでチャットとかもできたし,まさしくテキストベースの仮想空間ですね.同じところに他の人がいて,言葉を共有することができる……そういう意味でも,非常に面白いインターフェイスでした.

《WebHopper》/「インターネット1996ワールドエキスポジション」sensorium館 江渡:96年になると「インターネット1996ワールドエキスポジション」というイヴェントがあって,そこで僕たちは「sensorium」というテーマ館を立ち上げました.その中のテーマとして考えたのが《WebHopper》[※06]という作品です.ウェブ上ではいろんな人がいろんなホームページを見ている.世界中に散らばっているサーバへとアクセスしているのだけれど,普段はそれを実感することがない.アクセスが少し遅いなと感じるとき,実はそれは海外のサーバだったりする.接続が遅いとか早いとかだけじゃなくて,実際に自分が地球をまたがってアクセスしていることを実感させるような何かができないだろうか,と考えました.それで,いまウェブにアクセスしている人がどんなページを見ているのかを可視化する作品として,この《WebHopper》を作りました.
 具体的には,次のような方法を使いました.日本とアメリカの間の回線を管理している「WIDEプロジェクト」というプロジェクトがあって,慶應大学も含めて色々な大学や研究機関が参加していました.その回線を大元のところで(「タップする」という言い方をするのですが)トラフィックを監視することができたわけです.所属する学生や教員が使っている海外向けトラフィックは全部そこの回線を通っていました.そして,流れてくるパケットがどこの宛先のIPアドレスなのかが判定できた.IPアドレスをもとにドメインに逆変換して,ドメイン名からWHOIS[※07]で住所情報を取り出して,住所情報の郵便番号を緯度経度情報に変換する.そうやって,どこにアクセスしているのかを細かく見ていくシステムを作り,それをリアルタイムでIPアドレスから変換できるようにして,Javaアプレットでリアルタイムに視覚化する……そういう作品です.いろんな人が世界中のサーバにアクセスしていることを,目に見える形で公開できました.

──95年といえば,これと並行して「インタースペース/グローバル・インテリア・プロジェクト」というプロジェクトもありましたよね.

江渡:はい,僕が《RealPanopticon》を発表した「on the Web」で,藤幡先生がインタースペースを使った作品を出していました.もとのアイディアは,NTTの研究所の成果であるインタースペースを活用したもので,NTTの研究所のほうはインタースペースなるものをショッピング・モール的に使いたいと考えられていたようです.三次元の仮想空間をショッピング・モールとして使おうというのは,あまりいいアイディアとは言えないと思います.それっていまに始まったことではなくて,昔からある発想なんですよね.僕が《RealPanopticon》や《WebHopper》を作るに至った背景にも,実はそういう活動の存在がありました.つまり,すでにショッピング・モール的な仮想空間を作ろうとしている人たちはいるわけだから,わざわざ僕までがそれをやる必要はない.だから「皆で仮想空間に参加して,情報を共有して……」というよりは,むしろ「仮想空間に流れている情報を可視化する」という方法論を選んで作品を作っていたわけです.

《RemotePiano》/VRMLブラウザ「Community Place」のパイロット版コンテンツ 江渡:次に来るのが,1996〜97年に発表した《RemotePiano》(坂本龍一,岩井俊雄とのコラボレーション)[※08]という作品です.現実世界にある一台のピアノを仮想空間に見立てて,そこに人が集まっていっしょに演奏をするとどうなるだろうか,というアイディアをもとに作られました.ウェブ上にピアノを演奏するためのインターフェイスを用意して,そこからある音の列を送ると現実のピアノが演奏できるシステムを公開しました.同時にICCで,そのインスタレーション・ヴァージョンも公開しました.これも一種の仮想空間で,その空間を共有することで音を流す,という実験でした.もちろん,ピアノで同時に音を出せる限界があったので「一小節につき10人まで」というふうに制限を設けました.

 同じ頃,結局非公開に終わったプロジェクトをやっていたこともありました.ソニーが開発した「Community Place」というVRML(Virtual Reality Modeling Language)プラウザが公開されていた[※09]のですが,そのVRMLプラウザをいかに魅力的なものに見せるかという,パイロット版的なコンテンツの企画案を作り上げました.VRMLのような仮想空間で,すごくいいと言われるコンテンツがまだ存在していなかったので「何かパイロット版を作りましょう」ということで,僕も参加することになったのです.でも結果的には,企画案までは完成したのですが,実際に制作する際の難しさが理解しきれていなかったこともあって,実現に落とし込むところまではいきませんでした.

──ちなみにその,VRML仮想空間における「いいコンテンツ」というのは,どういったものをめざされていたのですか?

江渡:その頃はちょうど「NINTENDO64」が発売された時代で,それまでは三次元でのゲーム制作が現実的ではなかったのが,「スーパーマリオ64」が出てきて皆が驚愕した頃です.かたやVRMLプラウザというのは,SGI社やソニーが公開していましたが,どれも結局ブラウザでしかなくて……手応えがあるような立体的な空間を映し出しているわけではなくて,単に三次元のデータを画面上に表示しているだけだった.仮想の世界を表現しようという努力もある程度はあったのですが,リアリティがあまりなかった.そこで「スーパーマリオ64」のような成功例を見て,なんとかそれをVRMLプラウザ上にも反映できないかと思いました.
 結局は実現しませんでしたが,僕たちが出した案を簡単に説明すると「高さ方向への移動が伴うと三次元の空間らしさが出て面白いだろう」というものでした.それまでのブラウザは「スーパーマリオ64」と同じように主人公のアヴァターの後ろに視点を置いていたのですが,この案では古いマリオのように横から見ているような感じを想定しました.空間の表現としては,木の枝を掴んで上に登っていくような形でアヴァターを操作して,他のアヴァターとコミュニケーションを取るという案でした.
 当時は,その企画案を考えていたこともあって,他にどういうコンテンツがあるのか,技術的な工程はどんなものなのか,他のVRMLを使ってものを作ろうとしている人にはどんな人たちがいるのか……等々を一生懸命調べました.なので,僕はその時の経験も長かったので,三次元の仮想空間を作ってインターネットでそれを不特定多数が共有するのは,やはりちょっとうまくいかないんじゃないかな……という気持ちに,どうしてもなってしまうわけです.

「Diablo」/「ウルティマ オンライン」 ──この時期になると「NINTENDO64」が出てきたり,ある種のゲーム性みたいなことも,仮想空間の可能性の中に入ってきたのではないかと思うのですが.

江渡:そうですね.同時並行で,ゲーム業界の動向もありました.非常に面白かったのが,Blizzard North社が開発した「Diablo」というネットワークゲーム.ひとりでプレイしても面白いのですが,ネットワーク上で最大4人まで同時にプレイできます.チームプレイもできるし,ユーザー同士で殺しあうこともできる.初心者がうかつに参加すると,あっという間に殺されて終わっちゃう……というものでした.

──ネットワーク上で4人まで同時にプレイできるということは,共時性の問題が出てきますよね.プレイヤーは「◯時からゲームをやるよ!」と予告して,仮想空間内で待機しているのですか?

江渡:ところが僕は,その「Diablo」というゲームはひとりでプレイすることに満足してしまっていて……複数でプレイした記憶があまりないんですよ.
 あと同時期に「ウルティマ オンライン」というシステムも公開されて,こちらは「ウルティマ」というRPGに複数ユーザーが同時に参加して,仮想空間のなかで色々なモノを作ったり,町を開拓したり,商売をしてお金を稼いだりもできるゲームでした.アカウント登録すると,一定期間は無料でプレイできるのだけれど,それを超過するとプレイ料金が発生するシステムだったと思います.
 オンラインゲームで「4人まで」といった参加者人数制限もなく,大勢の人が同時にプレイできて,ユーザー同士がひとつの空間を共有しつつ,そのなかに経済圏もできあがっている.こうした「ウルティマ オンライン」の世界は画期的でした.ゲームのなかで独自のマネーが動いているのは,たぶんこれが最初だと思います.
 ですから,これが登場した時に僕が感じたのは,かつて「Island of Kesmai」や「Habitat」などの世界で興味を持っていた仮想空間にまつわる試みが,ようやく実際にうまくいく事例として出てきたんだ……ということだったのですが,同時にある種の寂しい思いもありました.なにしろ,この種のオンラインゲームの多くは,「1時間いくら」というように値段で管理される世界なので,それを運営する会社側は,うまくいけばかなり儲かる.だから参加する企業も次々と現われて,ビジネスとして回っていく兆しがあった.でも,そこではプレイヤー側には自由がない.たしかにゲームの中で,職業を選んだり,ビジネスをするような自由はあるかもしれないけれど,それは運営者側が一方的に与えた自由でしかない.実際にそこの空間を作っていく自由ではない.そのように,オンラインゲームの世界がある程度確立されて,ビジネスとしても市場ができあがってしまったら,他の人もどんどん参入してくるだろうし,改めて僕までもがそこに加わる必要はないだろう,と考えたわけです.

[※05]《RealPanopticon》:参考サイト⇒ http://eto.com/1995/RealPanopticon/index.html [※06]《WebHopper》:
http://eto.com/1996/WebHopper/index.html
[※07]WHOIS:IPアドレスやドメイン名の登録者などの情報を検索するためのプロトコル.また,それらの情報をインターネット・ユーザが自由に参照できるサーヴィスのこと. [※08]《RemotePiano》:
http://eto.com/1996/RemotePiano/index.html
[※09]ソニーが開発した「Community Place」というVRML(Virtual Reality Modeling Language)ブラウザが公開:参考サイト⇒「プレスリリース|インターネット上での三次元仮想空間におけるコミュニケーションを実現するソフトウェアパッケージ 『インターネット3Dパック』 発売」 http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press_Archive/199708/9708-28/