ICC
ICC メタバース・プロジェクト
濱野智史 メタバースのアーキテクチャ
メタバース内における,新たなコミュニケーション機能の可能性

──ちょっと話を一旦ネット・サーヴィスに戻しますと,「Twitter」というのは,「真性同期」のように見えますが,かなり活用されているように思えます.

濱野:いや,あれは僕の言葉だと「選択同期」と言います.実はそれも,こういうセカンドライフ系サーヴィス内でやってみると,けっこう面白いはずです.なぜかと言うと,3D空間型のゲーム……例えばMMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)と言われているものも,やはりコミュニケーション機能が必ずサーヴィスの中に入っているのですが,だいたいが目の前の人としゃべるチャットと,あとは特定のユーザーにだけ送れるダイレクト・メッセージ的機能の2つしかない.サーヴィスによっては,メールを送れるというのもありますが,メールとかは普通にメールアドレスを互いに交換してもらって,そっちでやってくれというほうが早いので,普通はゲーム内ではチャットだけが用意されている.
 でも実は,こういう3D系の空間サーヴィスでは,それこそ,参加者皆が読めるように「独り言を呟く」タイプのコミュニケーション・ツールがあってもいいはずなんですね.まさにTwitterというのはそういうもので,公共に向かって「独り言」をしゃべる.そうすると,誰かがそれを見つけて反応してきて,反応しているうちに連鎖が広がって,みんながそのコミュニケーションに乗っかっていく.これと同じような仕組みが,ネットワーク・ゲームなどでもあっていいはずです.ネットワーク・ゲームの問題点は,遠くにいる人にもメッセージをいきなりバンと送れればいいのだけれど,それはそれで「文脈」というか,いきなり何の話をしていいか分からない,みたいな感じになってしまって,あまり会話が弾まない.なので,イメージがちょっと湧きづらいところもあると思いますが,セカンドライフみたいなものにTwitter的な機能……誰かが独り言を言って,それを誰かが見つけて反応して,それに誰かが乗っかっていって,わらわらと人が集まって何かが起きる,というような,そんなコミュニケーションのあり方があってもよさそうですね.

──では,「ライフログ」的なものはどうでしょうか.「自分が生きている」ということを発信しつづけていく.同じように,いろんな人が毎日発信しつづけているから,その人がまだ存在していることを確認することで,ある種の繋がりを再確認できる.僕は,このライフログの話を最初に聞いたとき,「それって,まるで河原温の作品じゃないか?」と思ったんですよ.河原温が,「私は今朝何時に起きた」とか「私はまだ生きている」とかってハガキに書いて,みんなに送っていたわけですが,それってすごく「ライフログ」的ですよね.その場合,コミュニケーションは特になくてもいいわけです.そういう展開はいかがでしょうか?

濱野:いま現存するものとしては……セカンドライフ系にはそういう発想がないですね.現状だと,たぶんサーバの負荷の問題とかで,結局取ってあるログもユーザー側には見せないで,管理者側だけの特権として与えられちゃっている.例えばアクセスログなんかと同じで,企業側のマーケティング分析のためにログが提供されている.だけど,そうじゃなくて,こういう機能はむしろユーザーにも開くべきです.じゃないと,ユーザーがログを見て,その内容を楽しむ流れが生まれてこない.そこには確実に何かヒントが潜んでいるところですが,サーヴィスを提供している側の人って,なかなかそういう発想になりませんよね.

 あと,先ほどの「ライフログ系サーヴィスはどうか?」というご質問ですが,私がパッと思いついたレヴェルでも,実際にいくつも始まっていますよね.例えばお爺ちゃんやお婆ちゃんを見守るのに,監視カメラで監視するのはさすがに何なので,もう少しソフトなツールが出てきている.象印マホービンの「みまもりほっとライン」[※08]辺りが有名ですよね.日本の老人はほぼ毎日お茶を飲むから,息子や娘夫婦のところにその稼動状況の情報を送ることで,本人の安否確認になる.まさにそういう河原温的な見守りサーヴィスって,今ではけっこう色々な種類があって,むしろどれ使っていいか分からないくらいです.たしかNTTドコモには,携帯電話を毎日充電しているかどうかを見守るサーヴィスもあったはずです.「普通に生きていたら充電するでしょ」みたいな発想なのでしょうが,それで一通りは生きているかどうかをチェックできちゃうわけです.でも,これはまだコミュニケーションというよりは「死んでいないかな?」と確認するレヴェル.もう少し柔らかい感じでコミュニケーションにまで発展できないかな,って気がしますね.

──例えば,メタバース内にでっかいマンションみたいな建物があって,そこに入居しているメンバーが部屋にいなければ,窓の電気が消えている……とか.あるいは(技術的に可能なのかは分かりませんが)いない場合,そこに何かメッセージを残していける,みたいなことでもいい.それで,思ったのは,こういうソーシャルウェアで現在流行っているものって,ひとつはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス),そしてもうひとつは「YouTube」みたいな動画投稿のシステムですよね.この2つの何らかの要素をメタバースが導入できたら,何かが変わるかもしれませんよね.

濱野:そう思いますね.例えばミクシィだったら「足跡」といっても,結局は名前の履歴が残るだけのものを,もっと物理的空間というか,実世界志向のインターフェイスみたいな感じに……例えば実際の建築でも,来訪者の足跡が残りやすい床とか,今後ありえると思いますよ.何となく,去った後3時間ぐらいで床の足跡が徐々に消えていく.そうすると「あ,2時間ぐらい前に帰ったのかな?」みたいなことが何となく分かる.ちょっとしたアイディアですが,そういう仕掛けって,むしろこういう仮想空間内でこそ,やりやすいんじゃないでしょうか.それこそ本当に「窓の灯りが点いている/点いていない」というのは,インターフェイスとしても実世界志向だし,ひと目で情報が分かる.それこそマンガなんかだと,「灯りが点いているから,窓に向かってちょっと小石を投げつけてみよう」とか,ありますよね.ガラスがカツンといって,窓を開けてもらう……というようなタイプのコミュニケーションが,昔は実世界内でもたくさんあったはずで,それを仮想空間の中に取り込んでいければ,普通のユーザーももっと楽しめるサーヴィスになっていく可能性が広がりますよね.

──やはりTwitterなんかも,反応しあう人が同時期に読んでいなかったら,寂しいですよね.つぶやいても誰からの反応もなく,放置されていたら,自分も抜けちゃう.しかも,そこには過去のログが残っているけれど,あまりわざわざ遡ってまで過去のログを見たりしないですよね.1時間前のだって見ない.せいぜい表示されているページの中でしか反応しあわないんだから,ある意味ではログがあってもなくても同じ,というところもある.だけど,Twitterはそれなりに盛り上がっていますよね.どちらかというとTwitterも真性同期のほうに傾いているところがあるから,真性同期でも寂しくならないやり方って,何かあるような気がします.そもそもTwitterはコミュニケーション・ツールというのが本質だから,あまり寂しく感じないのかもしれない.でもそれがメタバースになると,それこそ訪問者の足を止めるように,(仮想空間内で)ただただ踊っているだけのバイトの人がいたりするわけですよね.

濱野:せつないですねぇ……(笑).

──そもそもメタバースはコミュニケーション・ツールとして向いているのか,それとももっと別の利用法があるのか…….いまのところ,例えばヴァーチュアル・ショッピング・モールだったりして,与えられたままの利用法でしか広がっていないから,ちょっと盛り下がっている印象がしてしまうのかもしれません.

濱野:そうですね.例えばコンセプトベースでもいいのですが,既存のこういった仕組みの外部にTwitter的,もしくはログ的コミュニケーションができる,API(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)的なものを外側に無理矢理作ることで,いままでのセカンドライフ的サービスにもとから備わっていたような機能ではできなかったことも,プロトタイピングとしては可能かもしれませんね.そうすると「あ,こういう使い方もあったんだ!」ということで,ユーザー側にも,作り手側のアーティストや建築家の方にも共有できるものがあれば,少しは状況も変わっていくのではないでしょうか.





[※08]みまもりほっとライン:湯沸かしポットに内蔵された無線通信機が,電源のオン/オフ・データをNTTドコモのパケット通信網経由でシステムセンタに送信し,そのデータがインターネット経由で一日2回,依頼者の携帯電話やパソコンにメールで定期的に届けられるサーヴィス.