ICC





はじめに
入場料
コラボレーション作品




《ドレッシング・テーブル(レプリカ)》
《ドライ・セル》
《銀の雲》
《リヴォルヴァー(color)》
《リヴォルヴァー (black/white)》
《至点》
《フロート》
《オパール・ループ/雲》
記録ヴィデオ上映
参加作家
関連イヴェント




シンポジウム「E.A.T.が残したもの」
コンサート「デイヴィッド・テュードア《レインフォレストIV》」

2003年4月11日(金)—6月29日(日)ギャラリーA,B,5Fロビー





コラボレーション作品


《ドライ・セル》
"Dry Cell"

1963年 作家蔵
ロバート・ラウシェンバーグ

Photo: Dorothy Zeidman; © Robert Rauschenberg/VAGA, New York/SPDA, Tokyo

写真:高山幸三


 ラウシェンバーグは,この作品をハロルド・ホッジスとパー・ビヨーンという二人のエンジニアと共同制作した.作品は翌1964年の「眼と耳のために」展(ニューヨーク,コルディエ&エクストロム画廊)に出品された.ビリー・クルーヴァ—は,本作品に対して以下のようなコメントを残している.「その展覧会に出品された約30点の音を出す作品に対して,《ドライ・セル》は『音を吸収する作品』であった.観客は,作品の正面に設置されたマイクに向かって言葉や物音を発するように誘われる.マイクは,おもちゃのモーターに接続されていた.モーターは動いているとき,小さなプロペラのような金属片を回転させ音を発していた.また,凧に使われていたヘリコプターのイメージが,作品表面のアクリル板に転写されていた[*1].観客の物音をとらえるマイクは,モーターを回転させるスイッチの機能を果たしているのである.ラウシェンバーグは,初期の「ホワイト・ペインティング」(1951年)以来,素材,作品,観客の関わる環境を意識してきた.「ラウシェンバーグは,作品をその環境の参加者として,また,観客を作品の参加者として常に見てきた.最終的な作品とは,作品に取り込まれる素材,アーティストと観客のあいだのコラボレーションの結果である」(クルーヴァー)[*2].彼は,1961年,パリのアメリカ大使館で参加した「デヴィッド・チュ−ドアに捧ぐ」に参加した際,ジョン・ケージの《ヴァリエーションズ II》」においてキャンヴァスにマイクとアンプを組み込んで制作中の音を増幅した(「ファースト・タイム・ペインティング」) [*3].本作品は観客の発する音に反応する自立した作品として,後年,クルーヴァーらエンジニアと共同制作された《サウンディングズ》(1968年)[*4]に先行している.また,彼の音への志向性は,「視覚的なもの」から「聴覚的なもの」へという「見えない環境」を意味する発言となって,大阪万博ペプシ館のプログラム・デザインの方向を転換させるきっかけとなった[*5]. [上神田敬]

*1──Smithsonian Institution, Robert Rauschenberg, exhibition catalog (Washington D.C.: National Collection of Fine Arts, 1976), 121.
*2──Robert Rauschenberg: Haywire-Major Technological Works of the 1960s, exhibition catalog (Munich: Actionforum Oraterinsel, 1997), Verlag Gerd Hatje, Ostildern-Ruit, 59.
*3──Robert Rauschenberg A Retrospective, exhibition catalog (New York: Guggenheim Museum, 19979, 115, 559-600, 615; Norma Loewen, Experiments in Art and Technology: A Descriptive History of the Organization, (Ph.D.iss. New York University, 1975), 20
*4──《リヴォルヴァー》《至点》の作品解説参照.
*5──Loewen, 279.