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ローサ・メンクマンのインタヴュー抄訳
2026年10月 5日 17:00

「チャンネルICC」内のポッドキャスト・サーヴィスでは,「ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」出品作家のローサ・メンクマンのインタヴューを公開しています.今回は,インタヴュー内容の抄訳をご紹介します.
「ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」出品作家インタヴュー
ローサ・メンクマン
はじめに
ローサ・メンクマンです.今回の展覧会では「イメージ・リメインズ」を展示しています.
「イメージ・リメインズ」は,多くの要素からなる作品です.もともとはひとつの個展として発表したもので,その全体をここでも展示しています.
歴史の天使
作品の中心となるのは,写真が掲げられた壁です.その写真には,この壁とよく似た壁が写っていますが,それはベルリンで開催された,天使や堕天使をテーマとする展覧会のために作られたものです.その展覧会の中心的な作品は,パウル・クレーによるモノプリント《新しい天使(Angelus Novus)》でした.この作品はのちに,ヴァルター・ベンヤミンによって「歴史の天使」として記述されることになります.
私がその展覧会を見に行ったのは,私自身の作品が16年以上にわたって「歴史の天使」を扱ってきたからです.つまり私は,100年以上前に生み出されたこの存在と,長いあいだともに生きてきたのです.
彼女には長い歴史があり,その実物を見ることは,私にとって非常に重要でした.しかし,実際に対面したとき,私はとても驚きました.予想していたものとはまったく違っていたからです.あまりに感情を揺さぶられ,涙が止まりませんでした,展示室の係員は,私が少しおかしくなってしまったと思ったかもしれません.
さらに強く印象に残ったのは,天使が掛けられた赤い壁が,私を何か圧倒するための演出のように感じられたことでした.床には線が引かれていて,私は作品に近づくことができませんでした.何度か警報を鳴らしてしまいました.ただ,それは私だけではありませんでした.多くの人が警報を鳴らしていました.誰もがその天使に近づきたかったからです.
この版画は,クレーの作品として重要であるだけでなく,哲学,とりわけベンヤミン最晩年の思想においても重要な位置を占めています.ベンヤミンは,この天使を,戦争によって失われたすべてを修復したいと望む存在として描いています.天使はそれを正したいと願います.しかし,時間の流れに連れ去られてしまうため,そうすることができません.壊れてしまったものを見ることはできても,それを直すことはできないのです.
私は,これは哲学的にとても美しい考え方だと思います.この作品は,長い時間のなかで多くの人々からさまざまな価値や解釈を与えられ,豊かな歴史を重ねてきました.ですが実物を目にしたとき,自分がそれまで抱いてきた作品への解釈と,その展示空間で立ち現われていた作品との違いに,強く心を動かされました.そこで私は,その経験について,自分の個展「イメージ・リメインズ」の中で考えてみたいと思ったのです.
このモノプリントは,これまで何度も所有者を変えてきました.
最初はクレーのもので,その後ヴァルター・ベンヤミンが購入しました.ベンヤミンはナチスから逃れる途中でポルトボウに足止めされ,自分が殺されることになると知って自死しました.つまり彼は,自らの意思で生を終えることを選んだのです.
ベンヤミンはその天使をフランスのジョルジュ・バタイユに託し,フランス国立図書館に勤務していたバタイユに,それを(ゲルショム・)ショーレムへ送るよう依頼しました.ショーレムは作品をエルサレムへ持って行き,その死後,作品はイェルサレムのイスラエル博物館に寄贈されました.それ以来,この作品はその博物館に収蔵されています.
現在のように地政学的な戦争や紛争が続く状況のなかで,この天使は単なる版画ではなく,ある種の国家的な象徴になっているように見えます.それはある二国間——すなわちイスラエルとドイツ、そしてイスラエルと米国——の取引のなかで発生しており、ちなみに最近この天使を展示したのは,この二国だけです.
そこでは,作品が一種の国家的なプロパガンダの枠組みの中に置かれているように見えます.私にとって,それは衝撃的でした.私はこの天使を,国家的なプロパガンダの象徴だとは捉えていません.むしろ私にとっては,ファシズムに抗う存在です.
かつてファシズムから逃れていたイメージが,ほとんど正反対の方向に意味を変え,このように国家政治によって取り込まれていく.それを見て私は,この天使が,置かれる文脈や所有者,そしてどの国へ,どのタイミングで移動を許されるのかによって,まったく異なるものになりうるのだと考えずにはいられませんでした.
私がこの作品を通して考えたいのは,まさにそのことです.天使のイメージは現在この博物館によって所有されているかもしれません.しかし同時に,彼女は私たちみんなのものでもあり,私たちはそこにそれぞれ異なる意味を与えることができます.
彼女は,多くのイメージなのです.
興味深いことに,最近ニューヨークでは,イスラエルとアメリカがイランを攻撃したことが原因で,この天使は移動を許されませんでした.輸送中の落下を懸念され,イスラエルを離れることができなかったのです.そのためニューヨークでは数か月にわたり,実物の天使は展示されず,代わりに複製のプリントが展示されました.
私たちはここで,オリジナルの天使ですら,もはや複製であるという状況を見ています.これは私にとって,本当に驚くべきことです.
リサーチを基盤とした制作 ― 「レゾリューション」というテーマ
私は基本的に,リサーチを基盤とするアーティストです.私が制作する作品の多くは,あるテーマについて長い時間をかけて考え続ける,その軌跡の中から生まれます.この10年ほど,私が考え続けてきたテーマは「レゾリューション」です.
私はレゾリューションを,たとえばディスプレイの画素数だけで決まるものとは考えていません.私にとってレゾリューションとはもっと複雑なもので,画像処理のプロセスにあるさまざまな要素のあいだで交わされる,一連の取引のようなものです.そこには,処理の速度や,その画像を誰が所有するのかといった問題も関わってきます.
私が注目したいのは,最終的に出来上がった画像だけではありません.その画像が成立するまでに,どのような可能性,つまりアフォーダンスが引き換えにされ,切り捨てられているのか.そして,その過程で何ができなくなっているのか,ということです.
今回の「イメージ・リメインズ」で中心にあるのは,イメージの所有をめぐる問題です.誰がそのイメージを見ることができるのか.誰が人に見せることができるのか.そして,誰がそのイメージに意味を与えることができるのか.そうしたことを扱っています.
レゾリューションとは何か ― 精細度(definition)と解像度(resolution)
私はこれまでレゾリューションについて研究してきました.ただし,ここでいうレゾリューションは,一般に使われるような,画素数によって示される量的な指標だけを意味するものではありません.
私にとってレゾリューションとは,さまざまな処理を経た結果として,最終的に画面上にどのようなイメージが現われるのか,ということです.つまり,レゾリューションはひとつのプロセスが生み出す結果だと考えています.
その意味を考えるためには,そのイメージがどのような段階を経て作られたのかを見る必要があります.そして,そのプロセスは,私たちがどのような種類のイメージを見ているのかによって変わります.
たとえば光によって作られるアナログ写真のような,光学的なイメージであれば,レゾリューションを決める条件は比較的単純です.それでも,単に写真の大きさだけの問題ではありません.どれだけの光があり,どれだけのコントラストがあるのかによって,私たちに見えるイメージは変わります.コントラストが十分でなければ,写真の中にある対象同士の違いを,私たちの目は見分けることができません.
デジタル画像,さらにネットワークやプラットフォームを介して流通する画像になると,レゾリューションをめぐる条件は飛躍的に複雑になります.
たとえば,あるデジタル画像がプラットフォーム上にアップロードされたとします.その画像には,カメラによって記録された一定数のピクセルがあり,撮影時の光量やシャッターの設定といった条件があります.
しかし,画像はそこで完成するわけではありません.ネットワークにアップロードされたあと,プラットフォームによってさらに処理され,新しいメタデータが付与されます.説明文とともにインデックス化されることもあります.
そしてプラットフォームは,「この画像は流通させる」「この画像は流通させない」「この画像はこの国でのみ流通させる」といった判断をすることがあります.
そうして,新しいルールが画像に結びついていきます.その結果,同じ画像であっても,ある人には特定のかたちで表示され,別の人には表示されない,ということが起こります.
ここまでくると,画像がどのように見えるかは,もはや画素数だけの問題ではありません.何を優先し,何を諦めるのかという判断が関わってきます.それは処理速度をめぐる判断かもしれませんし,政治的な判断かもしれません.
私たちは何を流通させたいのか.何を流通させることを許すのか.
私が提示しようとしているのは,画像のレゾリューションについての,より複雑な捉え方です.つまり,いま目の前の画面に見えているものが,どのような条件や可能性の積み重ねによって成立しているのかを考えるための方法です.
だから私は,精細度(definition)と解像度(resolution)を区別することが重要だと考えています.
精細度は,画面上の画像がどれだけ細かく表現されているかを,画素数のような量的な指標によって捉えることができます.一方,私が言う解像度(resolution)には,その画像がどのような処理を経て,最終的にその姿で表示されるようになったのかという過程全体が含まれます.
それは,画像レンダリングのパイプライン,さらに言えば,もはや一直線ではない複数の処理が重なった「スタック」全体を通して,その画像がどのように成立したのかを考えるということです.
制作の裏側
アーティストは,決してひとつの役割だけを担う存在ではありません.多くのことをしなければならないと思います.お金の管理もしなければならないし,リサーチもしなければならないし,人と関わることもしなければなりません.
私の場合は,書くこともしなければなりません.そしていまは特に,ようやく博士論文を書き終えようとしているところです.そのため,現在はたくさん読んで,たくさん書いています.今は本当に,そればかり考えています.
私はアムステルダム大学のメディア・スタディーズ専攻で博士課程に取り組んでおり,そのテーマもまたレゾリューションです.それが終わったら,またもう少しアートについて考えられるようになることを願っています.
最近は,言葉についてもよく考えています.これまで聞いたことのない言葉や,自分では普段使わない言葉,ちょっとおもしろいと感じる言葉を集めるようになりました.今はそんなことにも取り組んでいます.
最後に
「イメージ・リメインズ」を見に来る人たちに,この作品を通してぜひ理解してほしいのは,イメージはひとつのものではない,ということです.
たとえ静止画像で,表面上は何も変化していないように見えたとしても,イメージは実のところ決して静的なものではありません.
これはデジタル画像において特に顕著ですが,「歴史の天使」に見るように,アナログ画像も同じです.所有者が変わり,ある制度や組織の中に置かれ,ある場所から別の場所へ移動していく.そのたびに,イメージはもはや以前とまったく同じものではなくなります.
イメージには,さまざまな記述の仕方,定義の仕方,そして「解像」のされ方があります.技術的な条件だけでなく,権力をめぐる条件も時間とともに変化し,その変化はイメージそのものに,そして私たちの歴史の中に痕跡を残していきます.
私にとって,「イメージ・リメインズ」,あるいは版画としての「歴史の天使」は,そうした痕跡に満ちています.
同時に彼女は,ひとつのイメージが一世紀という時間をかけて,どれほど豊かな歴史を積み重ねていくことができるのかを示す,ひとつの例でもあります.
ご清聴ありがとうございました.
ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる
会期:2026年6月20日(土)—11月8日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーB
開館時間:午前11時—午後6時(入館は閉館の30分前まで)
入場料:一般 800円(700円),大学生 600円(500円)
無響室作品体験:一般・大学生 200円
年間パスポート:2,000円
* ご入場は事前予約をされた方を優先させていただきます.
休館日:毎週月曜日
* 月曜日が祝日もしくは振替休日の場合,翌日を休館日とします.
休館日以外においても,開館時間の変更および臨時休館の可能性がございます.
企画:吉﨑和彦,指吸保子,鹿島田知也,多田かおり
主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](NTT東日本株式会社)
[K.K.]