この展覧会では，出品作家それぞれの表現方法にならって，展示方法や体験方法も異なる新たな試みがオンライン展示とリアル展示の双方でなされました．今回のレポートは，いずれも本展のための新作，藤倉麻子さんによる《それらしい場所》，尾焼津早織さん《全天球コミック》の展示についてです．

上写真：左より《それらしい場所》2021年，《全天球コミック》2021年　撮影：木奥恵三

オンライン展示の体験方法のひとつ，PC用アプリケーション「ハイパーICC」は，ICC館内で計測された3Dデータをもとに構築されており，鑑賞者はエントランス，5階ロビー，ギャラリーAへと視点を移動し，「展示」されている作品を鑑賞したり，谷口暁彦さんによる《ヴァーチュアル・フォトグラフィ／ヴァーチュアル自撮り》により，アプリ空間内のあらゆる場所で撮影を楽しむこともできる展示となっていました．

「ハイパーICC」よりICC館内

《それらしい場所》の「ハイパーICC」での展示は，壁面に平面作品として設置された作品を鑑賞するように視点を移動するだけでなく，展示室を埋め尽くすように縦横無尽に動き出す3DCGで制作されたオブジェクトがうねったり，跳ねたりする空間を通り抜け，時にはオブジェに潜り込むようにして，ヴァーチュアルなギャラリーAを巡ることになります．

「ハイパーICC」藤倉麻子《それらしい場所》

尾焼津さんの《全天球コミック》は，彼女自身による造語「ハイパー・フレーミング・コミック」という映像作品の手法を用いた，従来のマンガのフレームにとらわれない構成による作品です．

ヴァーチュアルなギャラリーAに浮かぶ白い球形の中に鑑賞者の視点が入り込んで作品を鑑賞するのは，オンライン展示ならではの楽しみ方です．ICC5階ロビーでの「ハイパーICC」の展示はゲームコントローラーでの体験だったこともあり，ことにお子さんたちには没入感とスピード感を伴ってマンガを鑑賞することが特別な体験となったようです．

「ハイパーICC」尾焼津早織《全天球コミック》／「ハイパーICC」展示風景　撮影：木奥恵三

コロナ禍の私たちの日常では，「非接触」を意識せざるをえない状況が続いていますが，リアル会場での展示を行なう上では，非接触でインタラクティヴな作品体験をすることも試みられました．

AR体験アプリ「STYLY Mobile」を通して鑑賞する藤倉さんの《それらしい場所》に含まれる「落下岩」は，エントランス・ロビーからギャラリーAに向かう階段脇に展示されました．専用のマーカーを来場者自身の携帯端末で読み込むと，落下防止のために設置されたようにも見える階段脇の中空にかかるネットの上を大きな岩が轟音とともに落下していく様子がディスプレイ上に現われます．

ギャラリーAに設置された「固定日の出・電灯の成長を警告・乾いた平らな土地の上にいたとき」では，ヴィヴィッドな色彩のグラフィックスが楽しげな音とともに動き出し，展示室中央に設置された地層を模したオブジェ「地層の成り立ち・スペース利用者」では，植物の根が躍るようにとびはねたり，地層の境から水が溢れたり，雨がふったり，ARならではの鑑賞体験となりました．未就学や小学校低学年のお子さんが，一緒に来場された大人が持っている端末のディスプレイ上に自分自身が映り込んだ状態でARが重ね合わされる様子を不思議に思って，リアル空間に設置されたオブジェクトとARが表示された端末を往復しながら見比べる微笑ましい場面も会期中にたびたび見受けられました．

藤倉麻子《それらしい場所》　撮影：木奥恵三

リアル展示での《全天球コミック》の展示は，二通りの体験が可能でした．ひとつは，作品の部分がパネル展示されている脇のキャプションに掲載されているQRコードを携帯端末で読み取ることで，鑑賞者自身が端末を360度自由に動かしながら作品を読み進むことができるもの．もうひとつは，センサーに指をかざして方向をコントロールすることでプロジェクションされた作品を読み進むことができるもので，どちらも作品を読み進めるフレームを鑑賞者自身の視点で動かすことができるため，5作品それぞれのストーリーをどう読むかは鑑賞者に委ねられることになりました．

尾焼津早織《全天球コミック》　撮影：木奥恵三

「ハイパーICC」のブラウザ上ツアーでは作品の一部をアーカイヴとして公開していますので，会期中の体験とは異なりますが，ぜひご覧になってみてください．

[A.E.]