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ローサ・メンクマンのインタヴュー抄訳

2020年2月24日 17:00

ローサ・メンクマン

オープン・スペース 2019 別の見方で」展終了まで,あとわずかとなりました.「チャンネルICC」内のポッドキャスト・サーヴィスでは,出品作家のインタヴューを公開しています.今回は,《画像処理の白い陰に隠れて》を出品しているローサ・メンクマンのインタヴュー内容の抄訳をご紹介します.


「オープン・スペース 2019 別の見方で」出品作家インタヴュー
ローサ・メンクマン


ローサ・メンクマンです.オランダ出身のアーティスト兼研究者です.

10年以上,画像処理の分野で研究を続けてきました.その間,もっとも長く取り組んできたのはグリッチです.グリッチとは,イメージ・テクノロジーの処理過程で予期せず発生する破損のことです.音声でもグリッチは発生しますが,私は,主に画像におけるグリッチを研究対象にしています.研究を始めてからずいぶん経ちましたが,いまも継続しています.

CG-ARTSのレジデンス・プログラム*1で日本に滞在していたときに,自分が進めているプロジェクトの一部に取り組みました.それはポピュラー・カルチャーの中でグリッチがどのように使われているかに関するもので,具体的には,ハリウッドのSF映画の予告編のなかで,グリッチがどのような美意識のもとで今もなお使われているかを調べました.例えば,幽霊が現われるとアナログ・ノイズが出たり,宇宙人が来れば線状の歪みが生じたりといったようなものです.ハッカーがコンピュータにハッキングを仕掛けると,単色ディスプレイであるかのように緑と黒の数字が並んで,それからターミナルに入っていく描写もありますよね.いまではだいぶ時代遅れなイメージですが,いまだにハッカーやグリッチ表現への言及は止みません.このように,スタンダード化された美学がハリウッドでどう使われているかとか,グリッチが流れをどう壊すかということには,なにかしら意味があるはずです.というわけで,こういう研究をしています.

また,グリッチから少し対象範囲を広げて,レゾリューション(解像度,分解能)の作成や設定といった領域にも関心をもつようになりました.そして,そもそもレゾリューションとは何なのだろうと考えるようになりました.私にとって,レゾリューションを設定するとは,ものごとを機能させるということです.一方で,ある技術を機能させるということは,他の運用方法を捨ててしまうことを意味します.

画像処理技術から例を挙げましょう.アナログ写真の世界では,シャーリー・カード(Shirley Card)というものがあります.シャーリー・カードはカラーテストカードの一種で,写真が適切に撮影・現像されているかを検査するために使われていました.シャーリー・カードの被写体は,肌の白いコケイジャンの女性ばかりです.例外はほとんどなく,わずかに私が見つけたのはトカゲと男性が5人だけです.90年代になると有色人種が登場するようになりますが,現在に至るまで多くの場合,画像処理技術は白人のみを使ってテストされています.つまり,ここでいうレゾリューション,画像の精細さとは,白人がきれいに見えるということでしかないのです.実際に,有色人種が白人ほどはきれいに解像されないことがしばしば起こります.今回ICCで展示している《画像処理の白い陰に隠れて》には,カラーテストカードの文脈から行なってきたレゾリューションに関する研究の成果を盛り込みたいと思いました.

私は,自分が収集してきたカラーテストカードのことを「幽霊(ゴースト)のコレクション」と呼んでいます.これらの幽霊の多くは,ある意味で盗まれたイメージです.彼女たちは勝手に使われており,名前が不詳なことも多いです.彼女たちは,ただそこにいます.(写真を使用されることに)同意していないどころか,カラーテストカードのためだと知らずにポーズをとっていた人もいます.彼女たちは名前をもたず,使われることを望んでもいない幽霊です.彼女たちは技術が正しく機能するために貢献していますが,その技術は人種的偏見をはらんでいるのです.

この作品に,自分の見解を込めたいとは思いませんでした.「見て,これって本当にひどい.絶対に間違ってる.これこそが問題」と言うことなしに,いわば透明な作品を作ろうと思いました.ゴーストたち,画像処理技術のテストの基準となっている白人女性たちを繰り返し見せることで,作品自体に語らせたいと思いました.それだけで,なにか奇妙なことが起こっているということが明らかになるはずだからです.

この作品の制作を始めたのは,CG-ARTSのレジデンス・プログラムで2019年1月から2月にかけて東京に滞在していた頃でした.その後住まいのあるベルリンに戻って制作を続けました.再び東京に戻ってきた現在までに,作品の内容はがらりと変わりましたが,まだ完成はしていません.現時点での作品の構成は四つの章に分かれていて,それぞれ別の人物が自分の考えや経験を語ります.四名のカラーテストカードのゴーストたちです.

どうやって彼女たちに声を与えたらいいか,ずいぶん悩みました.リサーチもたくさんしましたが,数週間前——1ヶ月前かもしれません——面白い出来事がありました.雑誌『WIRED』に,レナ*2本人に取材したインタヴュー記事*3が掲載されたんです.私はずっと,カラーテストカードのモデルたちとテーブルを囲み,お茶でも飲みながら話をしたいと思っていました.そして,彼らが何を考え,カラーテストカードとなり自らの顔を失うのがどんな経験だったかなど,じっくり聞いてみたいと思っていました.それなのに突然,別の誰かがストックホルムにいるレナに会いに行き,話をしてきたと知りました.ちょっと嫉妬したのは確かですが,嬉しくもありました.また,このインタヴューのなかで,レナの先人といえる二人の女性に関する記述を見つけました.一人はオードリー・マンソン,もう一人は「セーヌ川の身元不明少女(名もなきセーヌの娘)」と呼ばれる女性です.

オードリー・マンソンは,非常に多くの胸像のモデルになった人です.いまでいえば,大理石の彫像から3Dモデルを作るようなものですね.マンソンは,米国内にある——国外にもありますが,ほとんどは米国内——本当に多数の彫像のモデルになりました.ニューヨークだけでも12体の彫像があります.では想像してみてください.大理石の彫像を見たとします.たいていそれは,無名の女性または男性の像です.しかし,彫刻家がその胸像を大理石などから彫り出しているときに,その前には間違いなく誰かが座っていたということを考えることはあるでしょうか? 彫刻にはモデルがいます.そしてその多くを務めたのがオードリー・マンソンだったのです.

もう一人の人物,セーヌ川の身元不明少女(名もなきセーヌの娘)は,女性のデスマスクです.パリ周辺のアーティストたちのあいだで,家に飾る内装品として人気を博すようになり,後にその人気はヨーロッパだけでなく米国にまで届きました.とても不気味ではあるものの忘れがたいイメージのついたこの若い女性は,古めかしい比喩表現として定着しました.

以前にも歴史の天使を扱ったことがあります.もともとはパウル・クレーの絵に登場したキャラクターを,後にフランクフルト学派の理論家,ヴァルター・ベンヤミンが歴史の天使として書きました.歴史の天使は壊れたものすべてを直そうとするのですが,自身は未来に向かって常に押しやられています.天使は常に過去を向いて,すべてが崩壊していくのを見ながら,過去から未来へと動き続けています.しかし,崩壊しているのが何なのかわからず,天使にはなすすべがありません.今回の作品で,私は天使もさきほど話したテーブルにつくべきだと思いました.顔や声,そしてアイデンティティを失った女性たちと話をするべきではないかと.天使がゴーストたち全員にEメールを送ったら,そこからいろいろなやりとりが生まれる.それがこの作品で見せているものです.まだ作品は制作中で,結びをどうするかですが,歴史の天使が最後になにか言う必要があるのではと思っています.彼女は戻ってくるべきではないかと.天使なので,女性ではないかもしれませんが.

並行して,別のプロジェクトにも取り組み始めています.ひとつめは本の執筆で,ほぼ書き上がっているのですが,最後に入れる文章を少し書き足しています.《画像処理の白い陰に隠れて》のほか,レゾリューションとは何かに関するテキストも何本か収録する予定です.

また,カリフォルニアのモハーヴェ砂漠に独自の解像力テストターゲットを作るプロジェクトも進めています.テストターゲットには色彩調整のためだけでなく,別のテストをするために作られたものもあります.写真を撮影するとき,色彩設定以外に画質も確認したくなりますよね.画質の測定は,緊密に並べられた線のパターンを撮影し,それがちゃんと識別できるかどうかによって行ないます.冷戦期,米国は実際の砂漠にさまざまな種類のターゲットを作り,試験を行なっていました.偵察活動に利用するためです.砂漠に設置されたターゲットを,空,そしてさらにその上にある衛星から撮影して,偵察技術が適切に較正されているか,正しく撮れているかどうかをテストしていたのです.

ヒト・シュタイエルがすでにテストターゲットに関する作品*4を作っていますが,私は,デキャリブレートする,つまり較正するためではなくむしろそこから離れていくためのテストターゲットを作りたいと思っています.それは,Googleマップを使えば誰でも見られるような,ランド・アート的作品になるでしょう.助成を受けた壮大なプロジェクトなのでゆっくり進めていますが,いつか実現できるといいなと思っています.

[訳注] *1 CG-ARTSのレジデンス・プログラム:文化庁主催の平成30年度海外クリエイター招へいプログラムのこと.CG-ARTS(公益財団法人画像情報教育振興協会)が実施を担当.https://creatorikusei.jp/?p=4901 *2 レナ:画像圧縮アルゴリズムのサンプルとして有名な画像データの被写体.オリジナルは『PLAYBOY』誌1972年11月号に掲載されたヌード写真で,顔周辺がトリミングされた状態で標準画像として使用されている.LenaともLennaとも表記されるが,Lenaは本人の出身地であるスウェーデン語の綴りであり,Lennaは『PLAYBOY』に掲載された名前である. *3 レナ本人に取材したインタヴュー記事:Linda KINSTLER. “Finding Lena, the Patron Saint of JPEGs”. WIRED. 2018-01-31. https://www.wired.com/story/finding-lena-the-patron-saint-of-jpegs/ *4 テストターゲットに関する作品:《他人から身を隠す方法:ひどく説教じみた教育的.MOVファイル(How Not to Be Seen: A Fucking Didactic Educational .MOV File)》(2013)のこと.日本では2018年に水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代にむけて」展に出品された.

オープン・スペース 2019 別の見方で
会期:2019年5月18日(土)—2020年3月1日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
開館時間:午前11時—午後6時
休館日:月曜日(月曜日が振替休日の場合翌日)
入場無料
主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東日本電信電話株式会社)



[Y.Y.]