HIVEのすゝめ|HIVE 101: Introduction to ICC’s Video Archive

Vol. 17

鈴木英倫子(すずえり) SUZUKI Elico (suzueri)

Photo by Benedict Phillips

サウンド・アーティスト/即興演奏家.ピアノと自作装置を組み合わせた,回りくどく落ち着きのない感じの演奏や展示を行なう.気になっていることは,道具や楽器のインタラクションと身体性とのずれ,そのずれから生まれる物語性.
東京を拠点に定期的にライヴを主宰し,即興音楽やサウンド・アートを中心に,国内外のアーティストとの共演や交流を多数行なう.海外での発表も多く,近年では「Audiograft festival 2021」(イギリス),「TSONAMI Sound Art Festival 2019」(チリ),「Harvard Graduate Music Forum 2018」(アメリカ)などに参加.ソロアルバムに「Fata Morgana」(2020年,Ftarri),ICCでの発表に「エマージェンシーズ!006 ユングフラウの月」などがある.編集者,デザイナーとしても活動し,ゲームのキャラクターデザイナー,週刊ファミ通編集,検索エンジン開発などを経て,2018年より武蔵野美術大学非常勤講師.翻訳書に『エレクトロニクスをはじめよう』『ハンダづけをはじめよう』(共にオライリー・ジャパン刊)などがある.

http://suzueri.org


私がこの文章を書いているのは2021年7月29日で,五輪が始まって一週間たち,東京のコロナ感染者数が3865人となった日だ.感染が怖いので,家からできるだけ出ずにニュースのダイジェストを見ているが,家の中で画面を眺めていると,報道されている現実が虚構じみて感じる.とはいえ世界的パンデミック下で同時に五輪を開催するというプロットは,虚構にしても出来が悪いような気がする.そんなことを思っていたら,「五輪が行なわれている世界とコロナの感染が拡大している世界はパラレルワールドだ」という言葉が流れた.私たちの現実は虚構どころか,平行世界のどこかに存在する別の世界らしい.なんたることだ.

ニュースや五輪の視聴に限らず,仕事も打ち合わせも,ネットを通じて遠隔で行なっていると,うつ状態のときのような現実感の消失を感じる時がある.遠隔といえば,1998年,初期のICCの展示に「「移動する聖地」展〜テレプレゼンス・ワールド」という遠隔現前技術と異世界との交信をテーマとした展覧会があった.このときに行なわれたトーク・セッションのゲスト・スピーカーに,ジョアン・フォンクベルタ*1 がいる.彼の名は,日本では荒俣宏*2 の紹介によって刊行された『秘密の動物誌』註1 『スプートニク』註2 などのフィクション・ドキュメンタリーでも知られている.


スペイン出身のこの写真家は,捏造した写真と,実際に撮影されたアンティーク写真,そして入念なリサーチとともに架空の人物と物語を作り出し,写真というメディアへの批評を行なう.彼は,写真が持つリアリティへの疑問について「私達は非常に遠くにある現実を写す映像のまた映像のそのまた映像なのかもしれない」そして「現実や真実は存在せず,ただ解釈だけが存在する」と語る.

写真を始めとしたメディア・テクノロジーは,過ぎ去ったものを「いま,ここ」にとどめ,遠くのものを近くに引き寄せる(ように思わせる)が,小沢裕子*3 は,別室にいる自分の語りを遠隔,かつリアルタイムで役者に伝え,自分の代わりに語らせることで「語る」自分と「いま,ここ」にいる自分をパラレルに乖離させ,視聴者に違和感を残す(ところで,HIVEの小さな画面でそのアーカイヴを見ると,語りが微妙にずれているのは動画のエンコードのせいに思え,一周まわって違和感がなくなる).

また,青柳菜摘*4 は,存在しない人物が引き金となり発生した歴史的事件や,虚構であるはずのフランケンシュタインの物語,マックス・エルンストによる手...,と彼女の視点によって分裂的に選ばれたトピックやイメージを,リサーチを通じて積み上げ,たどたどしく語り直す.その語りによってICCの展示空間は,幻視者による驚異の部屋に変容していく.

小沢裕子が,自分と他者とを曖昧にするために使ったテクノロジーはインカムとマイクであったように,音もまた,感覚的確信とのズレを生み出す.


2015年にオープン・スペース2つの作品を発表したビル・フォンタナ*5 は,振動センサーと超高周波マイクによって可聴域外の音を録音し,映像とともに提示することで,場所のコンテクストを変容させ,鑑賞者の内側に物語を生み出す.彼は「対象物自体は触ることも見ることもできないが,現実には存在し隠れている.そういった隠れているものを現在の先進的な技術で拾い出して経験してもらう」そして「作り出した音響から,思い出を想起し,結びつけるような環境をつくる」と語る.

角田俊也*6 はさらに,横須賀の長浦港で録音した固体振動と環境音,そして写真を並べながら,写真に映されているものと,その場所で録られた固体振動という、通常聴いている音とはことなる条件下で収録された音とを重ね合わせることで,視聴者の別の現実感を想起させる.


2016年にオープン・スペースで堀尾寛太*7 が発表した《サウンドトラック》は,ザルやハサミなど,日常的に私たちが使っている物が,なんらかの物理的な力や光を与えられて動き続けるキネティック・インスタレーションだが,鑑賞者はインスタレーションそのものではなく,それをリアルタイムで撮影し,映し出す「壁」(スクリーン)を見せられることになる.日常的に知っているはずの物が予想外の音をたて,動き続けること.そしてさらに,その様子を不明瞭な映像として切り取り,壁を隔てて映像という窓を通して見せること.認識しているはずのことと,知覚していることのずれを顕出させていく手法は,設置作品のみならず,小さな日用品を卓上であやつる彼のパフォーマンスにも見ることができる.

同様に,大城真*8 +矢代諭史*9 +川口貴大*10パフォーマンスでは,見知った日用品や自作音具による空間の変容が即物的にリアルタイムで行なわれていくが,ダダイスティックにも見える彼らのアプローチは,もっとパンキッシュなもののように思える.


エンジニアでもある堀尾寛太の興味は,もしかしたらドキュメントやメディアに内在する虚構性などではなく,単純に技術的なところにあるのかもしれない.そういった無邪気な技術志向が引き起こす,ある意味暴力的ともいえる知覚の変容は,三原聡一郎*11 と斉田一樹*12 による《moids 2.2.1—創発する音響構造》にも見ることができる.無響室に,小さなリレースイッチを搭載した無数の超小型回路を設置した彼らは「1000個の小さなカチカチするものが現実的に集まったらどうなるか,シミュレーションできない(からやってみたい)」,「そもそも無響室に置いたらどう感じるかわからない」と語り,作者も含めた鑑賞者の期待や予想,認識を作品からひきはがしていく.

そのような技術と数の暴力は,ぺ・ラン*13《moving objects | nº 692 - 803》にも見られる.彼は「どんどんパッチングを重ねていくと,自分で最終的にどんな結果がでるのか予期できなくなっていく.直感的に作り出していくことに魅力を感じる」と話す.


予想のつかない環境に音を置き,何が起こるのか観察していくことで,知覚を変容させ,また時には虚構性を帯びた物語を鑑賞者の内側に生み出していく,という作用は,音楽とはまた違った,サウンド・アートといわれる表現が持つ1つの側面なのかもしれない.2000年の「サウンド・アート—音というメディア」以来,何度かICCを訪れているデヴィッド・トゥープ*14 は,「サウンド・アートは,音の美しさと不思議さを受け入れ,それらを新しい環境にいれ,そこからまた新たなストーリーを作っていく」そして「音そのものになにかの感情を促進する力はなく,聞き手の問題」と語る.


さて,メディアと虚構についての興味をベースに,中盤からサウンド・アーティストと呼ばれる作家のアーカイヴを紹介させていただいたが,私が拾ったのは本当に一部だ.ICCは日本におけるこの領域の最大の紹介者であり,HIVEには上記以外にも,ライヴやトークなどの貴重なアーカイヴが大量に残されている.これらの紹介については私よりも詳しい人に任せたいと思うが,最後に,先日53歳という若さで逝去したドイツのサウンド・アーティスト,Pitaこと,ピーター・レーバーグ*15 の貴重なライヴ映像を紹介して,この稿を閉じたいと思う.


[註1]^ 『秘密の動物誌』
著:ジョアン・フォンクベルタ,ペレ・フォルミゲーラ,監修:荒俣宏,筑摩書房,2007年刊行(ちくま学芸文庫)

[註2]^ 『スプートニク』
著:ジョアン・フォンクベルタ,スプートニク協会,訳:管啓次郎,筑摩書房,1999年刊行

プロフィール・ページへのリンク
*1 ^ ジョアン・フォンクベルタ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/joan-fontcuberta/
*2 ^ 荒俣宏
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/aramata-hiroshi/
*3 ^ 小沢裕子
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/ozawa-yuko/
*4 ^ 青柳菜摘
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/aoyagi-natsumi/
*5 ^ ビル・フォンタナ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/bill-fontana/
*6 ^ 角田俊也
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/tsunoda-toshiya/
*7 ^ 堀尾寛太
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/horio-kanta/
*8 ^ 大城真
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/oshiro-makoto/
*9 ^ 矢代諭史
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/yashiro-satoshi/
*10 ^ 川口貴大
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kawaguchi-takahiro/
*11 ^ 三原聡一郎
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/mihara-soichiro/
*12 ^ 斉田一樹
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/saita-kazuki/
*13 ^ ぺ・ラン
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/pe-lang/
*14 ^ デヴィッド・トゥープ
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/david-toop/
*15 ^ ピーター・レーバーグ(a.k.a. ピタ)
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/peter-rehberg-pita/

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