三上晴子は,性別や年齢,国籍などの作者の属性や特性に縛られない作品や表現を指向していました.「インターフェイスは,我々の内側に存在している」ということを軸にしていたこと,形態としての作品そのものよりも,身体と空間の間に存在するインターメディウムな情報交換自体のプロセスを表現しようとしたこともその反映であり,インタラクティヴであること自体が作品の本質に関わっているという点が,三上のインタラクティヴ・アート作品を大きく特徴づけているともいえます.
「インターフェイス」「皮膜/被膜」といった言葉で表現される,異なる領域のあいだにある境界とそこで行なわれるインタラクション,しかしその境界が揺らぎうるものだということに目を向けさせる作品群からは,様々なものの間に存在する差異を感じ取ったうえで,そこから自由になろうとする三上の意思を見出すこともできるでしょう.『SEIKO MIKAMI——三上晴子 記録と記憶』(馬定延,渡邉朋也 編,NTT出版,2019)で複数の寄稿者が三上をフェミニストであったと書いているのも,ジェンダーだけでなく,テクノロジーや非人間といったものを含む,あらゆる不均衡や非対称を超越したフラットな関係性を求めた三上の姿勢を読み取ったうえでの表現でもあるように思えます.
本シンポジウムでは,上記のようなポストヒューマン的視点から,三上作品におけるインタラクティヴィティについてあらためて考えます.
出演:
四方幸子(キュレーター/批評家,十和田市現代美術館館長)
清水知子(東京藝術大学教授)
福原志保(アーティスト/デザイナー/研究者,ポイエーシスラボ主宰)
司会:指吸保子(ICC)