この作品は,旧ソ連の宇宙飛行士セルゲイ・クリカレフ(クリカリョフ)が,ミール宇宙ステーション滞在中に起きたソ連の崩壊により,一年近く宇宙に取り残されてしまったという実話にもとづいて制作された,ラジオ番組を模したステレオドラマをベースにした映像インスタレーションです.
「ポイント・ネモ」は南緯48度52分 西経123度23分付近に位置する,南太平洋上の地点のことです.地球上で最も陸地から遠い地点(大洋到達不能極)であること,生物多様性が特筆すべきほど複雑ではないことから,制御可能な人工衛星を落下させる目標として最適とされ,実際に多くの人工衛星の落下が実行されてきました.
作品は,地上を離れ国境を超越した場所にいたことで帰るべき故郷を失ってしまったクリカレフを「居場所を失う者」として描いています.そして,人工衛星の墓場であるポイント・ネモから,居場所を失った人々の意識が集まる「精神のポイント・ネモ」へと想像力を広げていきます.
現在の社会には,その人が置かれたさまざまな状況によって,居場所がない,あるいは強い疎外感を感じる人が多く存在します.作者は,この世界においてなぜ人が居場所を失わなければならないような事態が続いてしまうのか,またそのような人たちは「精神のポイント・ネモ」に墜落するしかないのかと,作品を通して問いかけています.