チャンネルICC
今回のレポートは,山内祥太さんによる新作《あつまるな! やまひょうと森》についてです.
この作品は,「ハイパーICC」アプリで,鑑賞者は「あつまれ どうぶつの森」を模したゲーム空間でアヴァターがひたすら箱を運んでいる中を通り抜けたり,谷口暁彦さんによる《ヴァーチュアル・フォトグラフィ/ヴァーチュアル自撮り》で展示室で撮影することが可能なだけでなく,2月から始まったリアル会場での展示は,作品の特設ウェブサイトからの参加,体験,鑑賞が可能な作品でした.
撮影:木奥恵三(上写真)
展覧会会期中の9日間のみ行なわれるパフォーマンスに向け,制作をされてきた山内さん,プログラマーの曽根光輝さん,早川翔人さんも会場入りし,ICC学芸・テクニカルスタッフも会場での準備を進めます.実際の会場でシステムが問題なく機能するか,繰り返しテストし,微調整を繰り返します.
ゲームの形式をとるこの作品では,アヴァターは一人しか存在しません.そして,ゲーム内のアヴァターの行動はリアル会場にいる山内さん自身の動きを反映するしくみになっているため,会場で作品が「展示」される時間は山内さんがパフォーマンスを行なう時間ということになります.山内さんは,全日程で毎回4時間のパフォーマンスを休憩時間なしでアヴァターを演じ切られました.
体験開始時刻に合わせてウォームアップをした山内さんが膝を落とし,能の「運び」と同じくらいの速度,と例えて伝わるでしょうか,ゆっくりとした足取りでリアル会場に現われます.アヴァターと同じ装いで,手首にはオーダーの内容を確認したり,参加者とコミュニケーションをとったりするための端末を装着し,頭には角のような形状の突起がついた帽子をかぶっています.この帽子に付けられたマーカーからの信号をセンサーで受信することで山内さんの位置情報を取得し,作品ウェブサイト上でもリアル会場の山内さんの動きが忠実に反映されます.
会場に設置されたステージの各ブロックと積み上げられたダンボール,ステージのステップ脇,山内さんのコスチュームには,ゲームで使用されるアイテムや行動が書かれたRFIDカードがそれぞれ取り付けられています.参加者は,作品ウェブサイト上で表示されるそれらのアイテムや行動を選択し,コマンドを送ります.リアル会場の山内さんがそのコマンドを受けるか拒否するかを判断して参加者に回答し,この様子は作品画面で鑑賞者全てが見ることができるようになっています.ゲームの全プレイヤーがたった一人のアヴァターを操作しているので,一度にこなせるコマンドも当然ひとつずつです.
一般的なゲームであれば,体験者のコマンドにアヴァターは忠実に従いますが,生身の山内さんは思考して反応します.リアル会場では鑑賞者がまばらな時間帯にも,オンライン上の鑑賞者からのコマンドは途切れることなく続きます.コマンドは複数あり,物の移動,アクションそれぞれを参加者が選択します.コマンドには「服を脱ぐ/着る」もあり,たびたび着脱を繰り返さざるを得ない山内さんの身体にもRFIDカードはしっかりテーピングされて貼り付けられています.
開催2日目からは,「バナナを食べる」というコマンドが実装され,展示室に置かれたバナナの房から,一本もぎりに行き,ステージ上に戻り,正面を見据え,ポーカーフェイスを保ったまま食べる場面は人気となっていました.週末の開催日では多くのお子さんたちも参加され,さまざまなコマンドが次々に繰り出されます.その中でも「バナナを食べる」というオーダーが短時間に重なると「やりません!」「おなかいっぱいです!」と拒否され,山内さんが入力しているコメントが作品ウェブサイトに表示されます.端末の中のアヴァターの拒否が目の前の「人」によって行なわれていることを目の当たりにし,普段のゲームとは異なる「ゲーム体験」として作品を鑑賞するお客様の姿や,オンライン鑑賞されている方々のSNS上での反応も印象的でした.また,手元の端末からのコマンドではなく,パフォーマンス中の山内さんに話しかけたり,ステージを降りてダンボールを運ぶ山内さんの歩き方を真似て,横に並んだり,後ろをついて歩くお子さんもいらっしゃったり,リアル会場でしか見られない展示室の景色を約1年間休館したICCで久しぶりに見ることとなりました.本展に限らず,オンライン展は,鑑賞の場を選ばないこと,移動しなくても「その場」に立ち会えることは大きなメリットですが,見ず知らずの観客どうしが展示空間で作品を鑑賞する時間を共有できること,「場」に集うからこその鑑賞体験であることを感じずにはいられませんでした.
コロナ禍においては,美術館,博物館を始めとした展示施設でもオンライン展示のあり方が模索され,新たな試みが多く発表されました.その中でもこの作品は,ヴァーチュアルな展示空間とリアル会場のいずれか一方しかない状態では成立しない,しかも作家自身によるパフォーマンスを伴うという点で,これまでになかった形態の作品ともいえるのではないでしょうか.
パフォーマンスの記録映像は,映像アーカイヴ HIVEで公開中の「ICC 活動記録 2020–2021」でも紹介していますので,ぜひご覧ください.
[A.E.]