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ICC メタバース・プロジェクト
Vol.7市川創太×松川昌平 [メール対談]「建築とメタバース」(中編) 聞き手:畠中実(ICC学芸員)
2第8信:畠中実

 前編の最後,磯崎さんの引用と言いますか,「切断」というタームが出てきました.これはすなわち,実際の建築,現実空間への落とし込みを意味するかと思います.

 そこで,建築家の存在論になってくるというのが面白いところだと思います.「切断」を行なう主体が建築家なのか,あるいはアルゴリズムなのか,というのはそれぞれのスタンスで違いが出てきそうです.アルゴリズムを使うということは,建築家を,可能性の触れ幅の中から何かを選択する主体とみなすことになるのか,それともまったく自身の主体というものを離れた自律性に委ね,まさに「建築家なしの建築」を作ることになるのか.

 先の市川さんの返信を受けまして,松川さんから「凝固」「切断」という,現実空間における建築であるための必要条件を満たすための,避けられない下降(あえてそう言っています)にどう折り合いをつけるのか.

 現実空間と実験空間での様態の変位についてなどの議論になりそうですが,いかがでしょう.

 引き続きよろしくお願いいたします.

3第9信:松川昌平

お世話になっております,松川です.

 これからのことなので,うまく言葉にできなくてもどかしいのですが,「切断」について,僕がおぼろげながらも重要だなと考えていることは,ひとつの建物の切断だけで捉えてはいけないのではないか? ということです.

 現状「Topological Grid」によって生成される建築の可能態は,市川さんが仰るように「不可能な部分を動的に排除し,探索マップ・可能性マップとして集合を提示するもの」です.クリストファー・アレグザンダーの言葉を借りるならば,形とコンテクストの間の不適合を取り省いた状態(『形の合成に関するノート』鹿島出版会,1978)です.つまり,最適な可能態を切断するというよりは,不適合がない可能態ならばどれでも切断できる.ですので単体の建築だけを見る限りにおいて,観測者によっては「残念な結果としての凝固」あるいは「下降」と見る人もいるかもしれません.

 しかし僕はむしろ,メタバース上に良いも悪いもひっくるめたありうべき建築の可能態を生成したい.その後で観測者それぞれの価値観で切断すればいい.そうしてシステムから切断された建物の数が100戸から1000戸へとだんだん増えていったときに,群として見える様相の多様性や複雑性に僕は興味を持っています.同じ植物の種でも植える環境によってその形質は変化するように,同じシステムから産出される建物の多様性が重要だろうと考えます.システムによって多様な建築が産出されて,その建築の多様性がシステムの構成素となり,システムが動的に変化し,また多様な建築が産出されるような,オートポイエーティックなシステムを築くこと.

 もちろん僕一人の力では手が届きそうもないような壮大な話なのですが,もしこのようなシステムをメタバース上に築くことができれば,「切断」や「凝固」を行なう主体は僕だけではなくて,他の建築家でも実際にその建物を使うユーザーでも構わない.というよりも,多様な建築の可能性を切断するためには,建築家以外の他者を積極的に設計プロセスに巻き込まなければならないと考えます.今後BIM(Building Information Modeling)がますます普及し洗練されてくるでしょうし,デジタル・ファブリケーションの技術も汎用化してくると思います.そうなると,コンピュータ・アルゴリズムが背後でサポートすることによって,市川さんが仰るような建築のリテラシーがなくても,建築プロパー以外の人が設計プロセスに参画する割合が徐々に高くなっていくと思われます.まさに「“Without Central Architects”というステージ」です.

 前回のメールの最後で,「建築の可能性を生成するシステム」と「建築の可能性を淘汰するシステム」という両方のシステムをメタバース上に築いてみたい,と書きました.現状「Topological Grid」は,たくさんある建築の問題の中のごく一部だけを機械言語化しているに過ぎません.「Field」と呼んでいる最小構成要素の数をあえて少なくすることで,得体の知れない全体の可能性を網羅的に観察することに,まずはフォーカスしています.市川さんが仰るように,あえて閉鎖した系で実験を繰り返している段階ですね.今後は「Field」が増え,可能性の数が指数関数的に爆発するような場合や,その他の変数を取り入れることも考慮していかなければいけないでしょう.
 いずれにしても「建築の可能性を生成するシステム」に限って言えば,インターネットに繋がず,スタンドアローンのままでも問題ありません.先程も書きましたが,建築の可能性が生成される段階においては,そこに生成される可能性があるから生成されるのであって,事前的に良いも悪いもないからです.生命は環境に適応するように進化するわけではなくて,ありうべき生命の可能性がまずあって,そのなかで生き残った種が環境に適応していたのだと「事後的に」分かるのと同じようなことだと思います.

 では,そのような膨大な数の玉石混淆の建築の可能性の中からどのように観測者にとっての玉を浮かび上がらせるのか? 「Topological Grid」における隣接グラフのように,要求される価値が定量化できるような価値ならば,あらかじめシステム内に組み込み,その価値を満たした可能性だけを動的に検索することができる.しかし,「かっこいい」とか「心地よい」といった,主に観察者の主観に関わる問題は事前に評価できない.そこで,生成された建築の可能性をインターネットに接続し,Amazonのカスタマーレビューやタグやおすすめ度のように,事後的な人的評価が必要となります.このような「建築の可能性を淘汰するシステム」を実現するためには,インターネットに接続されたメタバースを構築しなければいけないでしょう.建築の可能性を生成するだけではなく「可能性の可能性」,つまり現実態になるための可能態の確率分布あるいは適応地形を作らなければいけない.できるかどうかは分かりませんが,このように様々な建築の可能性がメタバース上にひしめき合っている生態系のようなシステムを,できるところから徐々に構築していきたいと思っています.

 ここまでは主に,まず建築を生み出すシステムがあって,その後「切断」が行なわれるというような一方通行の流れだけを見てきました.この流れにおいては「Without Central Architects」という言葉を使ったように,一見建築家の役割が減っていくかのような印象があるかもしれません.しかし逆に,実際の建物を作ることを通してシステムを作り出す,またはシステムを進化させるような逆向きの流れにおいては,より建築家の役割が拡張しているように感じています.
 実際,「Topological Grid」というシステムができたのは,「AlgorithmicSpace[ Hair_Salon ]」(2005)[※13]という美容室を作ったことがキッカケでした.最初からこの建物を作るためのコンピュータ・アルゴリズムがあったわけではなく,通常の建築の問題を解いていく過程で,その問題の中からコンピュータが解けるような問題を発見し,その問題を解く手順を機械言語に翻訳していきました.そこでできたアルゴリズムをさらに一般化したのが「Topological Grid」です.

 建築を作ることからシステムを作る.システムを作ることから建築を作る.最初はどちらかでもいいと思うのですが,鶏と卵のような関係になるまで,この循環構造を何度も繰り返していくことが重要だろうと思っています.




[※13] AlgorithmicSpace[ Hair_Salon ]:http://www.000studio.com/main/works.php?id=1