日時： 2007年4月21日（土）14時
会場： ICC 5F ギャラリーA

InterCommunication – ICC Report
開館10周年を記念してICCでは，年度を通じてさまざまなイヴェントの企画が予定されている．その1回目として「メディア x アートの創造と未来」と題したシンポジウムを開催した．
筆者が司会を担当した1日目のパネリストは，アレックス・アドリアーンセンズ（V2_オーガニゼーションディレクター），ノ・ソヨン（アートセンター・ナビディレクター），三上晴子（アーティスト／多摩美術大学准教授），そして藤幡正樹（メディア・アーティスト／東京芸術大学大学院教授）の4人である．
両日にわたってフレームとして設定されていたのはタイトルにある通り，メディア・アートの歴史の中で，ICCがセンターとしての活動を開始してからの「10年」に，「メディア」と「アート」を取り巻く状況がどのように変化したのか，そして，「未来」としての可能性，および展望はどのようなものなのか，ということであろう．しかし，この1日目のセッションでは，国外の組織，施設ディレクターが参加することからも予想されたように，制度的，政治的な問題に対して本質的な問いかけが行なわれるような議論の場が，対して2日目のセッションでは，異なる指向性を持つアーティストを多く含むことで，より制作や施設における活動の実践的な話題を中心とすることが（それはパネリストである山口情報芸術センターの阿部一直のプレゼンテーションにおいて「制度の話はしない」と前もって宣言されたことにも表されている），図らずもコントラストを描き，両日を特徴づけることになったといえるかもしれない．
アドリアーンセンズのプレゼンテーションは，V2の社会的意義としての理念をアジテーションさながらに説くものであった．彼（V2）にとって芸術の形式は流動的なものであり，また政治的，文化的，社会的，経済的な諸活動を基盤として，それら現代的な問題に対して批評的に成立するものとして捉えられている．ゆえに「メディア・アート」という画定的な名称は周到に回避され，代わりに「Unstable Media」という名辞によって，その活動領域が表されている．それは，すなわち社会に対するオルタナティヴとしての創造的な文化の可能性を模索するものとなるという．
ノのプレゼンテーションは，メディア・アートにおけるインタラクティヴィティを「詩」（Poetry）というキーワードによって解題するもので，それは審美的な価値判断によるものではなく，「詩」が持つように，意味論的に内容を理解することによってなされるという．インタラクティヴに言葉を生成するような作品を例に挙げ，そこに「新しい意味」を産み出すものとしてのメディア・アートの可能性を見いだしている．
三上は，自身が美術大学で教鞭をとっている経験から，新しい表現者たちにとって発表の場の提供が重要であるとする．また，メディア・アートを，メディアに対する問題を提起するもの（デュシャン的）と，新しいメディアを作り上げるもの（レオナルド的）の二つに分類し，後者に可能性を見いだしているという．また，「知覚」をテーマとした自身の制作について，新たなジャンルとしての「バイオ・アート」への取り組みなどを語った．
藤幡は，テクノロジーを存在論（ontology）的に考えることで，メディア・アートをインターフェイスが内容そのものとなるものと定義する．例えばそれは，コンピュータというシステムをただ受け入れるのではなく，そのインターフェイスを作ることで，技術に対して新たな認識を促すものである．しかし，日本では，ヨーロッパやアジアなど，市民革命を経てきた文化圏とは異なるため，そうした土壌がないとする．また，日本には「私」（private）はあるが「個」（individual）はないとし，その根源が天皇制や社会の構造にあるとした．
予定時間の半分以上にわたった各パネリストのプレゼンテーションは，ちょうど国外と国内，ディレクターとアーティストという役割において，それぞれのスタンスが明確に示されていた．それによって，ディスカッションではアート・シーンにおける制度について，そしてメディア・アートの置かれるべき位置についての議論はあったにせよ，パネリスト同士の主張に対しての積極的な議論や，問題の解決へ向けての結論のようなものを導くことができなかったことは，すべて司会の至らなさによるものである．もちろん，こうした制度論を語る場合に，科学技術と芸術文化が社会にもたらす「豊かさ」を目指すという「理念」を持ったICCの活動自体も俎上に載せられるべきであるし，「メディア・アート」（と，あえていうが）がここ日本で置かれている状況についても検証されるべき問題であったが，それらに関して議論することができなかった．アドリアーンセンズに関して言えば，「メディア・アート」という限定された議題について話をしているという意識はなかったし，多かれ少なかれ他のパネリストたちもその言葉を迂回することなったように思われる．それがより議論の抽象度を高める結果になったかもしれないし，どこか実践的な部分を置き去りにしていたという印象は否めない．しかし，彼らは決してただ教条主義的に壇上から言葉を発しているわけではない．私自身，たとえばアドリアーンセンズの純粋な理念（それが現実に直面している諸問題については触れられなかったにしても）に触れることによって，現在ICCが依って立つ存在基盤をあらためて考え直さなければならないということを（個のスタンスとして）実感させられた．V2が経てきた25年という活動期間は，すでにこの種の機関としてのエスタブリッシュメントを裏付けるものではあるし，藤幡の提起した問題に関しても，それが不可逆な歴史的，文化的背景に依っていることをただ指摘するだけではなにも解決されはしない．もちろんそれおを重々承知のうえで，ありきたりな結論にすぎないが，それはなんらかのリアクションを持つ議論の始まりである，ということなのではないだろうか．［畠中実］
出典：『季刊 InterCommunication』No.61（NTT出版，2007）

特別シンポジウム「メディア×アートの創造と未来」第一回