日時： 2005年12月10日（土）15時
会場： ICC 4F エントランス・ロビー

InterCommunication – ICC Report:
戦後の芸術史と幅広く関わりあいながら語ることの身体性を獲得し，独特の存在感を持つ評論家の針生一郎にふさわしい企画が行なわれた．コンピュータ・グラフィックスで作られた「Professor Ichiro Hariu」が，すでに行なわれている長時間のインタヴューで録音された言葉とリップシンクしながら，実物の針生と対談したのである．

もともとは針生の戦後芸術史をめぐるその貴重な体験を聞き取る目的で始められたこの企画だが，膨大な音のアーカイヴを再生させるうえで顔の特徴や表情が再現できるインターフェイスが制作された点でも，興味深い試みだといえる．実際，ヴィデオの記録とは違う現前性がそこには感じられ，「声」に耳を傾け，あるいは発言を返すという相互的なコミュニケーションが成立しうる可能性がある気がした．

会場では，モニター上に映し出されるCGの「Professor Ichiro Hariu」と目線が同じになる位置に，実物の針生が並んで着席した．そして，発言のきっかけになるエピソードなどを，津田佳紀と大榎淳によって操作されたCGが語り出し，それを針生が聞き，返答していくかたちでトークは進行していった．つまり，当然CGには思考し返答をする能力まではないので，双方の活発なやりとりを期待することはできない．したがって，蓄積された戦後芸術史のアーカイヴを前にして，さまざまな任意の論点を選び取り，それを生身の思考する身体が受け止めていくことが行なわれていたわけである．

つまり，すでに話されたこと，あるいは知っていることを単純になぞるようなものではなかった点が重要だったと言えるだろう．どのような場でもモノローグ的な語り口になりがちな針生に対しても，自分自身の「声」との往還という作業が微妙な記憶の揺さぶりを生じさせていたように見えた．ほかでもない本人の「声」と「似姿」が，当事者による記憶を脱固定化しうる可能性は，戦後の芸術史を自意識という呪縛から解き放つうえでテクノロジーが果たすことができる役割でもないだろうか．その点において，情報のアーカイヴや歴史の記述とも関連する重要な問題系とも重なりあう．

今回語られたことの中には，興味深い発見もあった．大阪万博に反対するさまざまな芸術家の運動があったことはよく知られているが，針生は，「ベ平連」関連の大阪で行なわれた集会で，制度化されていく社会や文化への対抗手段としてサブカルチャーまでを含む異なる分野の表現が結びつきあうことを模索すべきだと主張をしたらしい．そこには，万博で標榜された「インターメディア」という考えもまた同じ領域横断的な発想に支えられていながらも，本来はそれが政治的なオルタナティヴとして実践されなければならないという思想が確固として感じられる点でも興味深い．またそれが，直線的な歴史の並びから抜き出されるようにして，現在のストリート・カルチャーにも接続できるような論点を持ちえていたように感じられたのも，書物やドキュメンタリー映像を通して知るのではない，針生自身に裏打ちされている経験だからこそではないだろうか．［住友文彦］

出典：『季刊 InterCommunication』No.56（NTT出版，2006）

アート＆テクノロジーの過去と未来トーク・イヴェント「Talk with Professor Ichiro Hariu」

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トーク・イヴェント「Talk with Professor Ichiro Hariu」