日時： 2003年11月01日（土）14時
会場： ICC 5F ギャラリーA

InterCommunication – ICC Report:
一篇の詩，一枚の絵画，一着の衣服，それら一つの作品が，単に一つの表現として孤立しつづけることは今日きわめて困難である．情報の蓄積とリンクがいたるところで爆発臨界状態にある中で，表現はむしろシステムそのものに，あるいは複雑なシステムから立ち現われるエマージェンスに，そのよりどころを見つけようとする．

イッセイ・ミヤケのテキスタイル・エンジニア藤原大は，裁断してもほどけない一枚の布から，着る人みずからはさみを入れて服を切り出す「A-POC」（A Piece Of Cloth）シリーズについて，「糸という製品から作り上げていくシステム」である点を強調する．藤原は一方で三宅一生アーカイヴの構築に取り組んでいて，それは単に「過去を語るためのものではなく，心の安心するよりどころであり，新しいものを見つける探検の対象でもある」（藤原）．

茂木健一郎（脳科学）は，「新しいものは過去との断絶によって生まれてくるという誤解があるが，ヨーロッパ人は新しいものを歴史＝アーカイヴの中に位置づけようとする」．そして，「歴史とは，ありありと自分の気持ちとして思い出すこと．記録そのものに衣服の質感などといった脳の中に作り出されるクオリアがあるのではなく，それは無意識の中にある．アーカイヴが無意識を呼び起こすきっかけになる」と言う．

絵の制作過程をDNAに見立て，遺伝子交配によって膨大な点数の顔を生成するシステム《顔ポイエーシス》について，中村理恵子は「交配のプロセスをいちばん熱心に見入ってしまうのは自分自身．そういう意味で顔ポイエーシスは自分のためのアーカイヴで，無意識や，忘れている他人からの影響を思い出すための装置だ」と語り，安斎利洋は「自分自身が思い描いている自分という森のマップがあり，森のどの深さまで入っていけるかおおよそ見当がついているが，他者とのコラボレーションやシステムの介在によってその境界が塗り替えられる」と語る．

表現をとりまくシステムの変化は，何をもたらすのか．「言葉ができることによって，人間の脳は不可逆的に変化したが，パーソナルなアーカイヴで過去がいつでも取り出せるようになってきたとき，言語の出現と同じような意味で脳を変容させる可能性がある」（茂木）．「古いものと新しいものをいっぺんに見られるようになってくると，流行というような社会現象も概念が変わる時期にきているはずだ」（藤原）．

浮遊する話題は，作者と作品の分かちがたい結合に及ぶ．「絵を見る人間には，抜きがたい作家性に対する信仰があり，多くの人がコラボレートした絵に価値を見出すのは脳にとって難しい．連画や顔ポイエーシスは，その文法を見つけるべきだ」（茂木）．［安斎利洋］

出典：『季刊 InterCommunication』No.48（NTT出版，2004）

記録と表現─アーカイヴを作る・使うシンポジウム「創作のカンブリアン的爆発とエラボレーション」

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