日程： 2005年8月8日（月） 19時
会場： ICC 4F 特設会場

InterCommunication – ICC Report:
ローリー・アンダーソン「時間の記録」展に関連して企画された本コンサートは，同時期にコンサート・ツアーのために来日中であった坂本龍一とそのメンバーによる特別イヴェントである．アンダーソンは坂本が99年に上演したオペラ「LIFE」にも参加しているように，2人は旧知の仲であり，さらにメンバーのスクーリ・スヴェリソンはアンダーソンのコンサートにおける音楽監督を務めている，というアーティスト同士の関係以上にこの特別イヴェントは，ICCの今後の活動を支援しようというアーティストからの積極的な働きかけによって実現されたものであることをまずは述べておくべきだろう．また，この日はツアーの日程をすべて終了した後の，いわば今回のツアーを締めくくるものにもなった，と言ってもよいかもしれない．

「坂本龍一JAPAN TOUR 2005」のメンバーは，クリスチャン・フェネス，元ジャパンのスティーヴ・ジャンセン，コーネリアスこと小山田圭吾，スヴェリソン，そして坂本の5人（それに映像の堀切潤，本イヴェントには不参加）．ツアーではジャンセンのドラムスとスヴェリソンのベースによるリズム・セクションに坂本のキーボード，コンピュータ，そしてバッキングトラックによるアンサンブル，それに対して音響的なテクスチャーを加味し，ある意味ではよく知られた楽曲の持つ従来のイメージに異なる質感をもたらすフェネスと小山田という構成であり，基本的にはアレンジされた楽曲を演奏するものであったのに対して，このコンサートでは，演奏者全員による集団即興演奏という実験的な試みを行なっているのが大きな違いである．

使用する楽器においても，坂本とジャンセンはラップトップ・コンピュータを，スヴェリソンがギター，フェネスと小山田はギターおよびコンピュータ，エレクトロニクスというように，それぞれがある種音響的な素材を重層的に重ねていくようなセットとなっていた．99年に「mego@ICC」で初来日を果たしているフェネスは，現在ではさらに音楽的に評価を高めつつあるアーティストだが，最近では坂本とのデュオ作品でローマでのライヴを収めた『Sala Santa Cecilia』を英国のtouchよりリリースしている．また，坂本は近年ではカールステン・ニコライとのユニットとしてもCDを発表したり，コンサートを行なったりしているが，今回の演奏も坂本のそうした指向性を色濃く反映したものであった．

アンダーソンは直接コンサートに参加することはできなかったが，冒頭，出品作品である《トーキング・ピロウ》の彼女によるリーディングを導入として徐々に演奏が開始された．「ある夜，あなたは，誰かの夢の中にいる．やることがある……誰か，ほかの人の，夢のなかで」と，ささやくように語られるこのリーディングは，演奏者たちを導くようにして，やがて音響の波の中に消えた．コンピュータとギターを持ち替えながら，時にアブストラクトな音響を，時にギターで断片的で美しいフレーズを奏でるフェネス，同じくギターとエフェクターやラジオ，さらには抜いたプラグをキーボード・スタンドに接触させてノイズを出す，というようにさまざまな手法で音響的色彩を与える小山田，この2人はツアーにおいても重要なポジションを担っていたことがわかる．またスヴェリソンは，要所で演奏を牽引するような役目をしていたように見える．約1時間の演奏の後，4分ほどではあったが，立ち上がりからノイジーな展開をみせる演奏が繰り広げられたアンコールもあった．このコンサートは，ある意味ではもう一つの「坂本龍一JAPAN TOUR 2005」として，ツアーでの演奏以上にこのメンバーによるポテンシャルを十分に引き出すものだったのではないかと思う．

なお，当日は筆者と矢坂健司がラップトップDJを行ない，Cafe Eight提供によるビーガン・フード（動物性のものを使わないヴェジタリアン・フード）が販売された．［畠中実］

出典：『季刊 InterCommunication』No.55（NTT出版、2005）

ローリー・アンダーソン『時間の記録』コンサート『The Record of the Record of the Time』

ローリー・アンダーソン『時間の記録』
コンサート『The Record of the Record of the Time』