ICC

会期:2010年1月16日(土曜)〜2月28日(日曜)

作家による作品解説

《オープン・(リ)ソース・ファニチャー Ver.1》
田中浩也+岩岡孝太郎+平本知樹

実験の覚え書き

1. 対話的生成/生産プロセスへ向けて(Design and Fabrication)
人間A:「かたちの種」を,ひとつ設定します.
コンピュータ:設定されたそのひとつを,いくつかの種類へと派生し,いくつかの大きさへと拡大し,いくつかの数だけ複製し,たくさんの「ピース」として実体化します.

人間B:「かたちの種」を,またひとつ設定します.
コンピュータ:設定されたそのまたひとつを,いくつかの種類へとまた派生し,いくつかの大きさへとまた拡大し,いくつかの数だけまた複製し,たくさんの「ピース」としてまた実体化します.

人間C:「かたちの種」を,またまたひとつ設定します.
コンピュータ:設定されたそのまたまたひとつを,いくつかの種類へとまたまた派生し,いくつかの大きさへとまたまた拡大し,いくつかの数だけまたまた複製し,たくさんの「ピース」としてまたまた実体化します.

人間D:「かたちの種」を,またまたまたひとつ設定します.
コンピュータ:設定されたそのまたまたまたひとつを,いくつかの種類へとまたまたまた派生し,いくつかの大きさへとまたまたまた拡大し,いくつかの数だけまたまたまた複製し,たくさんの「ピース」としてまたまたまた実体化します.

こうして繰り返すうち,じゅうぶんな量の「ピース」ができあがったら,それらをじゅうぶんにかき混ぜて,じゅうぶんな広さの床に敷き詰めます.そこは,無数の組み合わせが宿る「可能性の海」となるでしょう.さてそこで.

■レッスン1(20世紀までの復習)
無秩序なごちゃごちゃの状態(混沌)から,可能な限り,明確な秩序を備えたかたちを作り出せ.

■レッスン2(2010年代のための練習)
無秩序(0)と秩序(1)という2つの両極を確認できたら,そのあいだの段階——「無秩序以上,秩序未満」の領域——を丹念に調べあげよ.少なくとも10種類のかたちをつくって,秩序のある順に並べてみること.

2. 探索的使用/発見プロセスへ向けて(Application and Observation)
「からだより小さい」ピース群で,じゅうぶんな種類の「玩具」をつくり,このピースが持つ構成原理に慣れることができたら,つぎに中くらい(からだと同じくらい)のピース群で同じように「かたち」をつくること.そこで作られた「かたち」は,それを眺めたい人にとっては「彫刻」(のようなもの)として,それと戯れたい人にとっては「遊具」(のようなもの)として,そこに生活用品を置きたい人にとっては「家具」(のようなもの)として使用できるでしょう.ピースを大きくしていけば,いずれ,ひとつの「家」のようなものにまでなっていくことも想像してみてください.さてそこで.

■レッスン1(20世紀までの復習):
ここにあるかたちを使って,本日の自分の持ち物をどのように「固定」することができるか,さまざまに試してみよ.

■レッスン2(2010年代のための練習):
ある「かたち」に対して,さまざまな「用途」を当てはめ,試行錯誤の末にもっともしっくりとくる(落ち着きの良い)使用法を発見し,その「かたち」にふさわしい名前を与え「定着」せよ.

3. 常に留意すべき点
すべてのピースを分解して,また,もとの海からやり直せることを忘れないこと.なお,どうしても既存のピースから希望するかたちを作り出せない場合には,新しいピースを制作することも不可能ではない.

可能世界空間論に向けて——「確率的家具」もしくは「かたちが計算する場」の提案

仮想世界をプログラムするとき,開発者は世界の創造主として,以下の問いと向き合う.どんな風に世界を設計すれば,どんな確率で,どのようなイヴェントが起こるだろうか? 世界を司る基本原理——規則(ルール)や変数(パラメータ)——をどのようにチューニングすれば,どのように確率分布が変化し,イヴェントはどう推移するだろうか? 初期設定を決め,プロセスを走らせ,生成した結果を観測してみる.初期設定を変更して,同じように繰り返す.すべての組み合わせを人手で探索するのは不可能なので,アルゴリズムを記述し,あらゆる可能性を網羅的に探索してみる.そうしていくなかで,規則と結果をつなぐ不可視の法則群=世界の深層の束が浮かび上がってくる.

プログラミングという手段を用いることで,可能性の問題を蓋然性(確率)の問題に置き換え,実証的に検証することができる.直観や想像力で獲得したイメージを,操作可能な対象に置き換え,知的に深く掘り下げてくことができる.

こうした探求の方法を,ビットの世界(メタバース)で完成させつつあるわたしたちは,いまや「実験」をコンピュータの中から実世界にまで押し広げ,日常を舞台としても試行できる状況にいる.物理世界を実験の場とする以上,仮想世界のように「重力」や「変数」までをも自在に設定変更するわけにはいかないが,その代わり,情報の最小単位(ビット)に代わる物質の最小単位を自らデザインし,その振る舞いを試験することができる(その意味で三次元プリンタは有用である).

原子論では,「すべての物質は、非常に小さく分割不可能な粒子で構成されている」とされる.それによれば,各種粒子はあらゆる物質の基礎であり,粒子同士が空間の中を自由に運動し,確率的に結合する(組み合わさる).その結合と分裂によってさまざまなイヴェント(出来事)が生起し,世界が生成するという.

今回,新たな「人工物の単位」を設計してみたいと考えた.そして,その単位がさまざまなふるまいを起こす場を設定したいと考えた.制作したのは「ある確率で有意味な形態になるかもしれない断片群」である.断片は一定の数と種類からなり,それらが確率的に組み合わさって複合体を構成していく.仕組みは原子が組み合わさって分子になることに近い.しかし,断片には,ある「かたち(ジオメトリ)」を与えてある.したがって,できあがる複合体は,「分子」というよりも,もう少し意味ありげな「三次元形態」となる.その「形態」が本当に有意味であるかどうか,用途があるかどうかは最終的に人間が判断する.「用途」と「意味」という最も人間的な選別によって形態が評価される.人間が身体を介在させて「使用法」が発見されれば,形態は最終的に生き残る.その生き残った物体を暫定的に「玩具」とか,「家具」とか,「遊具」などと呼ぶことができるかもしれない.しかし,そのプロセスの裏では膨大な数の形態の試験と淘汰が行なわれていく.

どれくらいの種類の断片を,どのように用意しておけば,じゅうぶんに多様な組み合わせが試行され,さまざまな形態が息づく場が生まれるのか.わたしたちは,規則(ルール)や変数(パラメータ)と,結果として立ち上がる「かたちの世界」の関係を,幾度もフィードバックさせながら実験するつもりである.