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ICC メタバース・プロジェクト
Vol.5市川創太×松川昌平 [メール対談]「建築とメタバース」(前編) 進行:畠中実(ICC学芸員)
5第5信:畠中実

 ここで,松川さんのお話の中で出てきた,「メタバース(情報空間)vs ユニバース(実空間)」の部分に関して整理しましょう.

 この部分は,語の定義をした上で話を進めていかないと,同じ言葉を使いながら違うことの話をしてしまいかねません.そこで,メタバースとはなにか,それに対するユニバースとはなにか,という設問を設定したいと思います. たとえば,メタバースと呼ばれるものは,この研究会では,当初セカンドライフなどに代表される3D仮想空間であるということから出発していますが,それを展覧会「可能世界空間論」では,計算可能空間などの現実空間に対する実験場,コンピュテーショナルな空間のようなものとして捉え直しています.

 なので,まずおふたりの考えるメタバースとはなにかをお聞きしつつ,そのうえで松川さんの考えるユニバースを導き出し,そこからまた考えていきたいと思います.

6第6信:松川昌平

 市川さん,お忙しいなか,ご返信をどうもありがとうございます.
 僕の不躾な質問に対して真摯にお答えいただき,大変感謝しております.

 これまで僕が市川さんの活動にとても共感しながらも,心の奥底で抱いていた疑問が一気に氷解していくようでした.しかしそれは決して見る人の解釈の余地を狭めてしまうようなことではなく,むしろ市川さんの思考を知ることで,作品のより深い可能性を視るためのキッカケとなるような気がしています.

 市川さんの返答に対する個別の応答もしていきたいのですが,まずは,僕が設定した「メタバース vs ユニバース=情報環境 vs 実環境」という大きすぎる枠組みをお詫びさせてください.確かに一口に「情報空間」と言っても,メタバース(Metaverse),サイバースペース(Cyber Space),ヴァーチュアル・スペース(Virtual Space),強化現実,拡張現実(Augmented Reality),ヴァーチュアル・リアリティ (Virtual Reality)など,似たような概念が混同して連想されそうです.

 さらに「情報環境 vs 実環境」は,両者を分け隔てるというよりは,むしろ繋げること,連動すること,相互補完することに意図があるということを強調しておいた方がいいかもしれません.両者の「間(ま)」が重要だろうと考えています.

 その上で,「メタバース=情報環境」としたのは訂正させていただきたいと思っています.ただ,大きな枠組みで話をするというのはわりと意図的にやっていました.例えば,ユニバースを観測可能な世界としてしまうと,人間中心的で傲慢なニュアンスを個人的には感じ取ってしまいます.世界は常に我々が感じているよりも豊かでしょうし,我々が観測できない世界も含めた森羅万象をユニバースとしたほうが僕にはしっくりきます.同様にメタバースはメタ+ユニバースなのだから,ユニバースを記述するユニバースとして最大限の可能性を内包したものと,まずは捉えておきたいと思っています.

 濱野智史さんが『アーキテクチャの生態系』(NTT出版,2008)のあとがきで,「ネットは社会から逃避する場所なのではなく,むしろ社会空間の原初的な生成という場面に,ナマで遭遇することができる場所だったのです.」と書かれていたことに僕はとても共感します.同様にメタバースも,ユニバースから逃避する場所ではなく,ユニバースの原初的な生成という場面に,ナマで遭遇できる場所であってほしい.

 CiSは,『建築家なしの建築』(バーナード・ルドフスキー/鹿島出版会,1984)にあるような自然発生的な都市を,それでも建築家がどのように生成するのかという矛盾を孕んだ問題に対する,偉大な挑戦のひとつではないかと個人的には思っています.その試行錯誤のプロセスの実験場として正にメタバースが相応しいと思ったのです.

 そういう意味では僕も,畠中さんが仰るように,「メタバースを計算可能空間などの現実空間に対する実験場,コンピュテーショナルな空間のようなものと捉えること」に可能性を感じています.つまり,メタバースをユニバースに存在するモノの可能態の集合と捉えてみるということです.

 ちょっと飛躍するかもしれませんが,例えば,英語で書かれた本の可能態であれば,ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「バベルの図書館」をメタバースとして捉えてみるということだと思います.23文字のアルファベットにコンマとピリオドの2記号を加えた25文字で表現可能な全ての組合せの本がメタバース上に可能態としてある.その可能態の中には現在すでに存在する本や,これから書かれるであろう本などありうべき可能性の全てが存在している.そうすると本を書くという創造的な行為は,見方を変えれば,このメタバース上に存在する「バベルの図書館」の中から一冊を指し示すことだ,とも言えます.コンピュータ・プログラムによって最初のページから虱潰しに探索していけば,こうして今書いている文章の英訳も,いつかは必ず発見できるはずです.しかし探索空間が天文学的に膨大すぎて締め切りには確実に間に合わない.そんな不合理な情報処理システムに頼るくらいなら,僕の脳の情報処理システムの方がいくらかマシなはず,という予測に基づいて,僕は苦手な文章を自分で書いているわけです.

 僕の興味はやはり建築にあるので,ここで本の可能態を建築の可能態に入れ替えてみます.しかし,本でいうアルファベットにあたるような建築の最小構成要素すら明確ではない状況では,建築の全ての可能態など想像もできません.そこでまずは,もう少し建築を抽象化して全体が把握できる程度の可能態から考えてみる.そうすれば,半分は建築家が設計し,もう半分はメタバース内の建築の可能態をコンピュータ・プログラムが自律的に探索するようなシステムを築くことができるのではないだろうか.このようなことを考えながら作り始めたシステムが,「Topological Grid」です[※11]

 「Topological Grid」とは文字通り,位相的な関係性を内包したグリッドのことです.このシステムを用いると,通常われわれが用いるようなユニバーサルなグリッドではなくて,与えられたコンテクストにより良く適合するようなグリッドを,有限のありうべき可能性の中から,動的に検索することができます.

 もうすこし具体的に説明しますと,住宅のnLDKのような機能単位で計画敷地内の空間を分節することを考えます.さらにL,D,Kなどの機能空間や外部空間なども等価にみなすと,グリッドを生成するための最小構成要素として,n個の空間を想定することができます.その分節された空間をここでは「Field」と呼んでいます.N個のFieldの隣接関係を位相的に考えた場合,そのパターン数は2^((N(N-1))/2)で与えられるので,例えばN=7ならば,209万パターン以上の可能性がメタバース上に存在していることになります.

 ここで,長方形の敷地であること,平屋であること,東西南北の方位の違いを考慮することなど,幾何学的な制約条件を加えると,ありうべきグリッドの可能性は4456パターンとなりその可能性は劇的に絞られます.これは市川さんが仰るように,本来自由なメタバースがユニバースの物理的な制約と連動するからです.一見当たり前のようですが,僕が最初にこの結果を見た際には,209万パターン以上あった可能性が上記の条件下では,昔も今も未来においても,必ず4456パターンとなる自然の理(ことわり)に対して,素直に感動してしまいました.また同時に,通常画一的に作られがちなnLDKの隣接関係が,たった7つのFieldだけでも,4456パターン「も」あることに驚いたのです.

 また設計者の判断で,Field同士が必ず隣接してほしい関係を入力することによって,その隣接関係を内包するグリッドを動的に検索することができます.このとき,出力されたグリッドには,あらかじめ入力した隣接関係の他に,幾何学的な制約によって,自ずと新たな隣接関係が生成されます.設計者があらかじめ設定した隣接関係が機能性や合理性を担保するものならば,新たに創発した隣接関係は多様性や複雑性を生み出すキッカケとなるのではないかと思っています.クリストファー・アレグザンダーは「都市はツリーではない」(1965)の中で,人工的な都市はツリー構造,自然発生的な都市はセミラティス構造を持っていると論じましたが,「Topological Grid」は,ツリー構造を入力するとセミラティス構造が出力されるようなシステムともいえます.つまり「Topological Grid」も「建築家なしの建築」をそれでも建築家が作るためのシステムのひとつだと思っています.

 ちなみに,前述したAARで描いた都市システム[前出※03を参照]でも,この「メタバースを可能態の集合と捉える」という解釈を踏襲しています.都市の構成要素を建築だとしたときに,10000戸の建築で構成された都市を想定する.その建築それぞれに100個の建築の可能態があるとすれば,都市の可能態は100^10000通りあることになります.TwitterのTimelineのように,視る人それぞれの都市像が動的に算出されるような状況を,そこでは「メタバースのマルチバース化」と呼びました.

 「Topological Gridは,まだまだ発展途上のシステムですが,ありうべき可能性を生成するシステムと,その可能性を淘汰するシステム.その両方のシステムをメタバース上に築いてみたい.そのシステムの進化過程で,2Dが3Dになったり,インターネットに接続したり,各種シミュレーションを行なえたりしたときに,よりメタバースと呼ぶに相応しいシステムになっていければいいと思っています.

 少し長くなってしまったので,次のフェーズでお互いの共通点や相違点などを掘り下げていく際に,前回いただいたご返答に対して,個別に応答できればと思っております.

 お互いに最終的に問題になりそうなところは,市川さんが仰るような「建物などのプロダクションとしての「凝固」」,あるいは磯崎新さんの言葉をお借りすれば,メタバースからユニバースへの「切断」になりそうですね.

[※11]「Topological Grid」:2005年から現在も開発継続中.詳細は,『JA77』(特集:Contextual Algorithm 建築と都市のアルゴリズム,新建築社,2010)に掲載されています.[松川]