部屋の壁に鏡が取り付けられています.ほんとうの鏡ならば,鏡の中に自分が映りますが,この鏡には映りません.しかし,備え付けの眼鏡をかけて鏡をのぞくと,そこにはあなたのかけている眼鏡だけがあなたのいる場所に映っています.さらに,背後の部屋の空間も,まるで鏡の中の風景のように反転されて表示され,あなたの前後左右の動きに合わせて変化します.
《無分別な鏡》では,反転した部屋の3Dモデルがコンピュータ内にあらかじめ作られており,ユーザーの眼鏡の位置に従ってリアルタイムにレンダリングされます.眼鏡の位置は,眼鏡につけられた目には見えない反射板からの反射を赤外線カメラで読み取っています.左右の目に異なった映像を送るために,眼鏡には偏光フィルターがついており,鏡の内部の映像を立体的に見せるようになっています.この作品は,鏡の機能をVR(ヴァーチュアル・リアリティ)技術によって再現しているわけですが,人間がもっている知覚認知の限界と,眼鏡の位置の読み取り精度と立体視システムの限界とをうまく調整する必要がありました.メディアは現実を映し出している鏡であり,私たちが知覚している現実のリアリティを支えているものであるわけですが,ここで鏡という本来透明なメディアを,不透明なVR技術で置き換えてみたときに,その不都合な部分へ,人間側が「リアリティ」を補塡しなければならないというパラドックスがみえてきました.この無分別な反応をする鏡は,あなたの知覚を通した反応を契機に,あなたの知覚の構造をゆさぶろうというものです.
技術協力:川嶋岳史