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ICC コレクション

《ガムラン・オブ・()()ニケーション》 [1997] “GAMELAN OF NOMMUNICATION”

ヘリ・ドノ

《ガムラン・オブ・<ruby>飲<rp>(</rp><rt>ノ</rt><rp>)</rp>む<rp>(</rp><rt>ム</rt><rp>)</rp></ruby>ニケーション》

作品解説

白い砂の上に並べられたガムラン楽器.それらは素朴な機械的仕組みで音を奏でています.モニターが1台設置され,そこではミニマルな影絵的映像が流れ続けています.原初的でありながら生気を帯びた楽器の奏でる音,サンプリングされた声や音楽,そして映像が共振しながら,多様性の中に統一性を生み出していきます.

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展示情報

関連情報

作家の言葉

この作品はコミュニケーションへの入口である.ガムランの内には声が,「ニン」の音がある.この音は思考と感情の純粋さ,明晰さといった哲学的な意味をもっている.

青銅器時代からずっと,ガムランという楽器は重要な役割を果たしてきたし,もちろん場ごとに違った名前をもってはいるが,世界中に存在している.ブロンズ技術の発展により,アーティストは新しいメディアによる音楽の創造に挑戦した.現代の新しいテクノロジーもまた,今日のアーティストたちを同じ種類の挑戦に駆り立てる.ガムランは,三つのゴングのみといった少数の楽器から始まり,「ボナング」「サロン」「ケムル」などのすぐれたブロンズ楽器のほかに,「スリング」(竹笛),「レバブ」(ジャワ島の伝統的なヴァイオリン),「ケンダン」(ドラム),「ガンバン」(木琴)などのブロンズ以外の楽器を含む現在の合奏形態へと発展した.ガムランが,開かれた,順応性の高い性格をもつことを証するものである.今日ではワヤン・クリッの上演には,トランペットやサキソフォン,シンバル,照明装置,ドライ・アイス,ドラム・キットなど多くの楽器や器具が使われる.おそらくガムランは「多様性の中の統一性(ビネカ・ツンガル・イカ)」というジャワの哲学から直接生まれたものなのである.このように,ガムランは外からの影響に対して開かれているので,インスタレーション・アートの一形態とみることもできよう.一般的には,ガムランは伝統芸術の一形態とみなされている.今日においてもなお,ガムランはその伝統的な表現手段に従って用いられている.ほとんどすべてのジャワの伝統芸術は相互に関係をもっている.たとえば,ワヤン・クリッの上演に際しては影絵人形の動きとガムランは密接な関連をもっている.同様に,ガムランは伝統的な踊りや,建築,バティック,ジャワのクリス(短剣),そして儀式とも密接な関係をもっている.それらすべてに共通するのは,同じ哲学によっているということである.このような相互関連性は,それぞれの要素が他の要素と関係をもったり,相互連結されるような多元主義の概念によるコンテンポラリー・アートの背景にある哲学と似ているところもある.しかしそれは,個々の要素を切り離し,個別化するモダン・アートとはっきりした対照をなしている.モダン・アートはまた中心化という方法を用いる傾向にあり,これはそこにつくられた価値を絶対的なものにしてしまうという結果をもたらすのである.

ガムランは言語のひとつのかたちである.インドネシアの島々の人はほとんど誰でも同じようにガムランを用い,関係を切り結んでいる.言い換えれば,彼らがこの手段をもともともっていたかどうかに関わりなく,ガムランは誰にでも使用可能な伝達言語であるということである.たとえば,もしわたしが日本人とコミュニケートしなくてはならないのに,わたしは日本語が使えず,相手はインドネシア語を知らなかったとしたら,わたしたちはコミュニケートのためにはお互いがある程度理解できる言語を選ばなくてはならないだろう.この場合なら,それは英語である.基本的には,わたしたちはコミュニケートするために英語を借りているだけなのだ.

日本には,世界中の多くの共同体における飲酒文化のように「飲む」文化がある.「飲む」ことも,文化間のコミュニケーションの入口である.「ガムラン・オブ・飲むニケーション」は,「ハイテクノロジー」と,ガムランの内にあるよりシンプルなテクノロジーとの結合とともに,文化的な現象同士の結合を表現しているのである.乾杯!

(ヘリ・ドノ)

作家紹介

ヘリ・ドノのつくりあげるさまざまなマシンは,西欧の機械の概念からはかけ離れた動きやたたずまいを見せる.

それらはメカニックではなく音楽のように流れ,硬質ではなく柔らかく,懐しく,ハイテクではなくローテクを駆使してあるリズムや間を生み出そうとする.ヘリ・ドノにとって機械は,その運動においてのみ形成される変幻自在な型であり,静止し,凝固した形なのではない.そこには機械を「力(マイト)」の化身として見る西洋的な視点はなく,機械を謎や遊びや魔法や暗喩としてとらえようとする方向がある.

ヘリ・ドノはインドネシアの伝統的な芸能芸術であるワヤン・クリッ(影絵)やガムラン音楽やダンスを学び,そこで体得したものを自分のオートマティックな作品のなかに新しい形で吹き込もうとする.

またジャワやパリの原始的な宗教にあらわれる現象や儀礼をベースにしたマシンやインスタレーションも制作しており,その作品には一貫して一種のアニミズムや生気論のようなものを見てとることができる.ヘリ・ドノが触れるとものが生気を帯びる.いや,世界中のあらゆるものは魂をもっていて,電流もまた生命をもつのだ.そうした生命は機械や技術をすりぬ けて現実のなかにたちあらわれてくる.こうしたアニミスティックな視点が,ヘリ・ドノのなかで東洋と西洋,ハイテクとローテク,自己と世界などをむすびつける重要なファクターとなっているといえるだろう.

先端技術はすでに最も高速で,最も高度な,発達したコミュニケーションやインフォメーションのシステムをつくりあげ,それらは多元化している.しかし周縁にいる人びとはそのことに気づくことはほとんどなく,そうしたシステムは彼らにとって意味をなさない.真実も虚偽もともに噂や相対的なものとなる.電流,音,鉄板,電子回路,環境,内部や外部の世界の雰囲気などなどは,人間という存在と超自然の世界をむすびつける星座なのである

ヘリ・ドノ「周縁化の時代を通りぬけて」『第4回アジア美術展』カタログ,福岡市美術館,1994/筆者訳出

ヘリ・ドノは1960年にインドネシアのジャカルタに生まれた.1980年から1987年にかけてジョグジャカルタのインドネシア美術大学で学び,その後,インドネシアの伝統芸術であるワヤン・クリッやガムラン,ダンス等のトレーニングを集中的に受けている.オートマティックなマシン・アートをつくりはじめるのは,1990年代に入ってからで,オランダやドイツ,オーストラリアでの海外展のほか,日本でも展覧会やワークショップを行ない,同時にパフォーマンス・アーティストとしても積極的な活動をしている.アジア独自のマシン・アートを志向する注目すべき存在である.

(伊藤俊治)

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