展示室内には,コイルが取り付けられたグラスが数百個並んでいます.それぞれのグラスには水が入っており,磁化した縫い針が浮かんでいます.針は地磁気の作用によってどれも南北を向いていますが,コイルに断続的に流れる電流による磁場変化の影響を受けて,ときおりガラスに当たって繊細な音を発します.
「チジキンクツ」とは,「地磁気」と「水琴窟」を組み合わせた,作家による造語です.地磁気とは地球のもつ磁性のことで,渡り鳥などの生物の行動に地磁気が関係しているという研究も行なわれていますが,その原理は完全には解明されていません.人間は地磁気を直接感じることはできないものの,方位磁針や,電子コンパスを内蔵したスマートフォンなどを通じて,地磁気の力をごく日常的に利用しています.
水琴窟は,主に茶室の前に設置される伝統的な日本庭園の装飾のひとつで,つくばいの手水鉢近くの地中の瓶に水滴が落下し,反響する音を楽しむ仕掛けです.つくばいは,日常空間と茶室とを分ける結界としての機能をもちますが,水琴窟から聞こえる音もまた,現実世界から茶室へと意識を変えるきっかけになっているといえます.
この作品では,グラスに浮かぶ針が同じ方向を向いている様子や,その状態が電流によって乱されたときに発生する音など,視聴覚的に地磁気の存在をあらわにし,それによって鑑賞者が,環境を自分の認識外のもので構成される世界として捉え直すきっかけを与えているといえるでしょう.