インターネットにおけるアート

2 スクリーンからの拡張

 ネット・アートは,97年頃に一つの転機を迎えることになる.まずハッカー精神に基づいたメディアへの自己言及としてのnet.artが一つのピークを過ぎたこと.同時にそれまでアート界から比較的無視されてきたネット・アートのオリジナリティにアート・センターや美術館から保護・支援の動きが出はじめたことによる.

  「net.artの第一期の終わり」には,二つの理由が挙げられる.第一にどのメディアにおいても見られるように初期における実験的行為がひととおりやり尽くされたこと,第二にネット・テクノロジーの進歩によってnet.artを凌駕するウェブ上のマルチメディア――Javaの流通,そしてRealPlayerやShockWave, Macromedia Flashなど音やアニメーションのストリーミングを実現するさまざまなプラグ・イン――が出現したことである.とりわけライヴやDJプレイなど生のアンダーグラウンド・カルチャーや特定の国家方針に属さないニュースのウェブキャスティングは,インターネットのボトムアップ的アナーキズムを最大限に発揮し,PararadioやRIS, radioqualia, OZONEなど世界各地のウェブキャスティング局によるネットワーク(X-change)を実現した.

 またVRMLによる3Dのインタラクティヴなマルチユーザー環境の実現(例えばゾルタン・セゲディ=マサックの《Demedusator》)や,自らの分身をアヴァターとしてヴァーチュアルに住まわせ活動させるマルチユーザー環境(現在開発が進められつつあるEastEdgeの《The Bridge》)などが,ネット上に新たなパブリック・スフィアを開きつつある.そのほかテレコミュニケーション・プロジェクト(藤幡正樹《Nuzzle Afar》),インスタレーションやパフォーマンスとの連結(江渡浩一郎《SoundCreatures》ステラーク《Ping Body》)など,インターネットにおけるアートはいわゆるスクリーン・ベースの「ネット・アート(ここにはnet.artも含まれる)」からより多様な表現領域へと拡張している.またテキスト・ベースのコミュニケーション(メーリング・リストなど)や大学,研究機関によるコラボレーティヴ・プロジェクトなども広義のアート・アクティヴィティとみなすことができるように思われる.

 97年に起こったもう一つの動き,「アート・センターや美術館によるネット・アートの保護・支援」は,モノを基盤としたシステムを逸脱する可能性を含むネット・アートを保存や経済性に関するディスカッションへと巻き込んだ.これはネット・アートが自主的なネット上のイヴェントから公共的な価値へと転換されたことを意味する.この動きに先駆けてnet.artistのオリア・リアリナは,すでに96年に世界初の販売目的のネット・アート・ギャラリーArt.Teleportaciaを開設している.ネット・アート作品がいかなる範囲で定義可能か(ハードやソフトウェア,またインターネットという環境自体も含むかどうか,「オリジナル」という概念が可能なのか)などという問題=ネット・アートにおけるジレンマが,アーティストから社会に向けてこの時点で提出されていたのである.

 この問題は何ら具体的な検討へと至らないままに放置されていたが,97年以降に起こったいくつかのケース(97年のドクメンタXサイトが,展覧会期が終わるとすぐにクローズされたことに抗議し,チョーシッチがその全データを自分のサイトへ移植した事件=情報の共有性保持責任,98年に終了したAda Webをウォーカー・アート・センターが受け容れた際,グラフィック・デザイン部門の管轄に置かれたという事実=ネット・アートの位置づけなど)を契機に現在オープンなディスカッションが各地で行なわれつつある.

 ネット・アートのコレクションについては,ZKMが今年から検討をはじめているが,この概念を「所有からホストへ」という発想へ広げ,複数のセンターがそれぞれコレクションを管理しながらネットワーク化し「共有」していく方向――オープンソース的な方向が模索されつつある.実際のコレクションにおいては,ネット・アートのデータだけでなくそれが稼動するためのコンピュータやブラウザ,プラグ・イン,場合によってはエミュレータなどのソフトウェアを揃える必要があり,そのうえで複数のセンターでシェア可能なオンライン・コレクションやアーカイヴが整備されることが望ましい.

 メディア・センターの情報化の最前線として期待されているのが,新ディレクター,ペーター・ヴァイベル[★4]の先導により今秋から始動する「ZKM on-line」である.世界のメディア・センターの頂点に立つとも言えるZKMの動きが,21世紀のメディア・センター,美術館また博物館を結ぶグローバルなデータ・ネットワーク化に及ぼす影響は小さくないように思われる.また未来においては美術館や図書館,出版,教育・研究などの機能がインフォノードとしての「メディア・センター」や「メディアテーク」へ統合される可能性も高い.

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