「20世紀音楽」の旅行者

いや,そういう意図はありません.人を教育しようなんて考えたことはないです.自分の感覚とアイディアを説明しようという意識しかない.そこから新しい何かを学べる人がいたとしたら,すごく嬉しいことですが.大学の先生みたいに,無知な大衆を教育しているという気持ちはまったくないです.前にも言ったように,私がやっていることは私個人のストーリーなのです.快楽主義に対しても,特に反感などはありません.私だって快楽主義的なところがありますし(笑).もしも皆が快楽主義的な音楽だけを聴きたいのであれば,それに反対するつもりはありません.そういったリスナーに一種のピューリタニズムを押し付けるつもりは毛頭ないのです.私にとって,仕事はとても自己満足的なものなんです(笑).コンピレーションをつくったり,本を書いたり,展覧会のキュレーションをすることは,自分が好きなものを寄せ集めて公開する,またとない機会なんです.それに,こういうアプローチはじつは,とても価値あるものだと思うのです.誠実な姿勢で,明解さを心掛ければ,他人とわかちあえるものは多い.例えば『Ocean of Sound』では,いかなる疑問にも答えていません.そこには結論がない.それは意図的なのです(笑).人生の処方を書いた本でもなければ,文化的な指針でもなければ,厳格なイデオロギーを打ち出しているのでもない.可能な限りオープンに書きました.それは私個人の,20世紀音楽の解釈なのです.

──『Ocean of Sound』と,それに続く書物である『Exotica』[★6]は,いわばデヴィッド・トゥープという「DJ」による,言葉のミックス・アルバムなのだと思います.パーソナルな視点で,20世紀の音楽を自在に組み合わせたり,重ねたりする作業を,ターンテーブル上ではなくて,コンピュータやタイプのなかでやっているようなものなのだと.

実際,『Ocean of Sound』を書いた頃は,サンプリング,ヒップホップ,そしてProToolsなどのデジタル・エディティングにとても影響されていました.マックス・イーストレイとつくった《Buried Dreams》[★7]というアルバムでは,音響彫刻,即興演奏,サンプリング,コンピュータ・シーケンシング,デジタル・エディティングなど,ありとあらゆるテクニックを導入しました.そのメソッドを,『Ocean of Sound』を書く際にも導入してみたのです.ただ年代順に,普通に歴史を書きたくはなかった.ときにはリヴァースしたり,夢について触れたり,ちょっとした物語を入れてみたり,ジェームズ・ブラウンとジョン・ケージについて,同じ段落のなかで触れてみたりしたかったのです.文化的,人種的,階級的差異から生まれる,無意味なカテゴリーをすべて排除したかった.そして,私たちの基盤をなしているイデオロギーの重荷も切り捨てたかった.純粋に音と音楽について書きたかったのです.

『Exotica』の場合,映画からも影響されています.特にウォン・カーウァイの作品からは非常に刺激を受けました.《恋する惑星》では突然ストーリーが変わって,まったく別のキャラクターが登場します.これはカーウァイの映画作りの典型的な手法です.また,撮影のクリストファー・ドイルは,さまざまなキャメラ・テクニックを利用していて,それぞれの場面にはまったく違うスタイルがあります.こうしたアプローチを『Exotica』では援用しました.フィクションから部分的な事実へ,さらに事実へと移り変わったり,アカデミックな文章から,インタヴュー・スタイルに変わったり.アジアの映画には,このようなフリーなスタイルが顕著です.

──あなたはミュージシャンとしての活動も,近年かなり活発に行なってらっしゃいますが,批評と実践という二つの領域は,どのように関係づけられているのでしょうか?

とても難しい関係なんです.まるで,二人の人間が喧嘩してるような感じだったりして(笑).じつは私は,文章を書くのが大嫌いなんです(笑).ほんとうはライターをやめることができれば嬉しいとさえ思っているんです.でも,どうやらそれは無理だとわかってきて,ここ数年は音楽家とライターの両面を調和させようとしています.例えば,最近の《Hot Pants Idol》[★8]というCDでは,『Exotica』の文章を朗読してみました.あれはライターとしての自分を受け入れるための試みだったんです.あのアルバムでは,私はテクストと朗読だけで,友人たちが音づくりをしてくれました.次のプロジェクトでは,私が音づくりをして,ジェフ・ヌーン[★9]が彼の次の本から朗読することになっています.何とかして,音楽に関するテクストと,批評としての音楽と,音楽としての音楽のすべてを和解させたいのです.しかし,それは闘いのようなものなんです.


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