モザイクから遠く離れて

パッケージの終焉

 デジタル財の流通と管理の総合的なアーキテクチャである「超流通(Superdistribution)」[★5]を森亮一(筑波大学名誉教授)が提唱したのは1983年のことだった.それから十数年の時を経て,いよいよ情報が物質の殻を脱ぎ捨てるときがやってきた.

 この1年のあいだに激変を続けているデジタル著作物,とりわけ音楽のノンパッケージ配信は,その先駆けとなるものだろう.

 MP3(MPEG1 Audio Layer 3)フォーマットの出現とその爆発的普及,さらには韓国のセハン情報システムが先鞭をつけた携帯型MP3プレーヤーの発売によって,「ネットからダウンロードして聴く音楽」という,初期のウェブでIUMA(Internet Underground Music Archive)[図2]が提示したヴィジョンが本格的に現実化しはじめたわけである.

 MP3によるイリーガルな音楽著作物の氾濫を脅威と感じた音楽業界と情報通信産業界は,ノンパッケージ配信における著作権管理技術の確立が急務だと判断,そのための検討組織としてSDMI(Secure Digital Music Initiative)[★6]を発足.配信データ・フォーマットと携帯型プレーヤーの標準仕様の策定を行なっており,すでにそれらの初期ヴァージョンが公開されている.

 これに加え,個々の企業サイドでも,ソニーとIBMがそれぞれ開発してきた著作権保護管理技術「MagicGate」と「EMMS(Electronic Music Management System)」を連動可能にすべく提携[★7],マイクロソフトが高品質のストリーミング配信とMP3以上の高圧縮を実現したデジタル音楽の配信システム「Windows Media Technologies」を,さらにリアルネットワークスもMP3やEMMSを含むダウンロード配信に対応した「RealSystem MP」を発表するなど,さまざまな規格とシステムが乱立している.NTTも神戸製鋼所と共同開発した「SolidAudio」を使った音楽配信[★8]に動き出している.

 また既存のMP3に著作権保護機能を組み込む動きも進んでいるほか,最大のMP3関連サイト「MP3.com」[図3]が米音楽著作権管理団体のASCAPと提携し,ASCAPが管理する楽曲のMP3配信に動き出すなど,デファクト・スタンダードからのアプローチも見逃せない.一方,国内ではJASRAC(日本音楽著作権協会)[★9]が,楽曲の原盤制作時からの電子透かしの付与により著作権管理を可能にするなどの内容からなる「DAWN2001」構想をまとめ,2001年からの運用を予定している.

 現在の渾沌がどのように収束していくかは予断を許さないが,ダウンローダブルな音楽がCD,MDといったパッケージ・メディアを急速に駆逐していくのは,それほど遠い日のことではないだろう.そして音楽ばかりでなく,書籍でもすでに合衆国では発売が始まっているRocket e-book(ネットでダウンロードした電子テキストを携帯端末で読む)[図4]や,日本の電子書籍コンソーシアムの実験がある.おそらくインフラの広帯域化や常時接続の普及にともない,映像コンテンツもこうした流れに乗ることになるのは言うまでもない.

 そしてまた,デジタル財への対価やコピーライトの問題を浮上させているように,ノンパッケージ配信は情報という財の性質を改めてわれわれに問うことになる.

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