時間の速度を緩めると空間も広がる

デイヴィッド・テューダー

LW──デイヴィッド・ロスは,「デイヴィッド・テューダーのもとで働いたことは,ビル・ヴィオラの展開に重大な影響を与えた」と言っています.

BV――デイヴィッド・テューダーは,私がこれまで会った人のなかで一番大事な人の一人でした.あれほど多くを学ばせてもらった人はほかにいない.ほんとうにすばらしい人だった.ネルソンとテューダーはともに1996年に亡くなりました.互いに,半年を隔てずにね.短いあいだに,私は二人とも失ってしまった――とても悲しいことでした.テューダーは73歳でした――私の母も同じ歳で死んだ.テューダーに会ったのは1973年,大学を卒業した直後です.私はアートを学んではいたけれど,電子音楽が一番大きく心を占めていた.音楽学部の掲示板に,ニューハンプシャー州のチョコルアという小さな町で開かれるワークショップの案内が出ていたんです.その講師陣の一人に,デイヴィッド・テューダーの名前があった.すぐ申し込みましたよ.

テューダー自身の作品に親しんでいたわけではなかった.でも,傑出した前衛ピアニストで,長いあいだジョン・ケージとコラボレーションをやってきたという,そういう評判はもちろん知っていましたからね.言うまでもなくケージは,すべての音は等価だという思想と,チャンス・オペレーションの探究によって,20世紀の音楽を変革した.けれども,突然ピアノをやめてエレクトロニクスと作曲一本槍に切りかえたデイヴィッド・テューダーが,エレクトロニック・メディアで仕事をしているアーティストのなかで最も純粋で,最も革新的な一人だったことはあまり知られていません.テューダーは,ライヴ・エレクトロニクスをパフォーマンスで使うことにこだわりました.テープなど,あらかじめ録音された,プログラム化された材料を使ったテクニックより,こちらのほうがずっとむずかしく,エネルギーを要するんです.

私が8年以上にわたって彼のもとで制作していた作品は《レインフォレスト(熱帯雨林)》です.これは,オーディオ・トランスデューサー(音声変換器)を使って,さまざまな「ファウンド・オブジェ(found objects)」の物質そのものに音響を直接ぶちこむシステムです.それらのものは振動状態に置かれて共鳴周波数を出す.そこで,まったく新しい音,もともとの音源には含まれていない音が生み出されるというわけですね.それは魔術的で,視覚的・空間的には一つの複合したインスタレーション/パフォーマンスとなるものでした.あらゆる年齢層の,あらゆる背景をもった人たちが,真剣な表情を浮かべて,ためつすがめつ,それらのあいだを歩きまわるんです――耳をそばだてたり,笑ったり,あるいはただうっとりとしながらね.

作曲家としてのテューダーの仕事の多くは,もっぱら共振という現象――秩序と混沌が収束する細い線――を扱ったものでした.それが彼を,たえずきわどいエッジに立たせていました.次の瞬間にどうなるかまったく見当がつかない.誰にもわからない.だから私たちは,いつも深い奈落を前にしているようなものでした.しかもそのエッジは,おもしろい.活力を与えてくれさえするんですからね.ほとんどの人はそのエッジから尻込みしてしまうけれど,デイヴィッドはそこに踏みとどまろうとしました.そここそが彼の持ち場だったのです.そして彼の音楽,彼のアートは,この生気,「いままさにこの瞬間」,それをつなぎとめ,それが仕事のエネルギー点になったんです.

デイヴィッドはこうしたブラック・ボックス,こうした小さな回路をつくりはじめました.彼の手伝いをしても,それらの中身をちゃんと知っていた人はだれもいませんでした.そのうちに私たちもみんな,デイヴィッド自身にしてからが,それらがどういう作用をするのか,じつは正確に知っていないのではないか,と思うようになった.彼が知っていることといえば,せいぜい,そのエッジ,その不安定なところでなにかがどうにかなるだろう,という程度だ,とね.そして,この驚くべきことが起こったんです.瞬間の力の感覚がそこにあった.瞬間の不安定さ,瞬間の不確定性があった.それをアートづくりのうえでの基礎的な素材として使えるという事実に,私はただただ,驚いてしまいました.美術史を学ぶというとき,学んでいるのは,その瞬間に存在したことの遅発効果――結末,最終結果,オブジェですね.不確定性,乱れ,生まのエネルギー,自分の手に負えなくなること,疑念や恐怖の克服などは学ばない.もちろん,こうしたことの一切を記述し,図式化するカオス数学という正式の学問も後追いです.当時,デイヴィッド・テューダーは,彼自身の領域のなかで,そんなところを切り拓いていた.短いあいだだったとはいえ,彼が私たちの何人かを,この冒険に連れ出してくれたことをありがたく,うれしく思っています.

前のページへleft right次のページへ