ジェームズ・タレル・インタヴュー: 光に触れる意識

光をつかまえる

佐々木――タレルさんの光は柔らかく触れなければ逃げて行ってしまうのでしょうか?

タレル── 私の娘が「どうやって光を逃がさないようにしているの?」と尋ねたことがあります.プラトンの洞窟を思い出しました.光を捕まえるための空間をつくるのですが,それは自分自身を見るためのものなのです.目をつくるようなもの,知覚するためのもの.それは容器というよりも,自己を知覚するものです.

ベネッセの直島コンテンポラリー・アート・ミュージアムが《バックサイド・オヴ・ザ・ムーン》を購入するのですが,「これで何を所有することになるのですか?」と聞かれました.私は「通り過ぎていく光を所有するのですよ」と答えましたが,答えるのはとても難しいのです.娘に答えようとしたときみたいにね.

《バックサイド・オヴ・ザ・ムーン》では実際光が底面からあふれでているように見えます.これは外部と内部の光の関係性によって起こるものなのですが,娘はこれに気づいて「光が流れ出した」と言いました.それでその話をしたのです.これは面白い質問なのですが,私は答えをもちあわせていません.

けれども光のそういう特質が好きなのです.クレーターにある一つの空間では――これはまたなぜこのプロジェクトが私にとってエキサイティングであるかに関係するのですが――黄道光を取り除きます.太陽の光,月や金星,土星に反射している光,そして銀河の光も.そうすると,25億年以上前の光のみがその空間に集められます.その赤方偏移した光を触り,感じることができるのです.

これは古いワインのようなものです.もちろん「ボージョレ・ヌーヴォー」である8分半前に発せられた太陽の光,星を集めた光も取り出せます.実際星の光はかなり明るいもので,その光でよくものが見えるのですよ. 佐々木――光を取り分ける方法は最近の発見ですか?

タレル── ええ.黄道も銀河も動くのでこれは方角をもとにやらねばならないのです.黄道と銀河の光を取り除かないとほんとうに時間を経た古い光を得ることができません.けれども,その光は存在するし,集めることができるのです.

佐々木── 天井の設計で可能になるのですか? タレル――開口部の在り方によってです.金星の光のためだけの部屋もあります.金星が逆行するときに光が落ちてきます.星はいつも東から登り,西に沈むように私たちの軌道からは見えますが,それがときどき逆の方向に動くのです.それを逆行(retrograde motion)と呼んでいます.

逆行しているときには空はかなり暗くなります.開口部を黄道につくれば,太陽,月,金星,すべての星が通ります.そして逆行用の開口部をつくることもできるわけです.私は金星の光が自分の影をつくるのを見たくて,そのための部屋をつくりました.しかし今年の1月,金星の光が強くて,月のない夜には外に出るだけで金星の光が影法師をつくったのです.

私の活動拠点であるフラッグスタッフにはたくさんの天文台があって,天文学者たちが天文ニュースを新聞に提供しているのですが,このことも新聞に載りました.私も外で自分の影を見ました.特別な装置など必要なかったのです.その光を吸い込み,その輝きを感じることは,ほんとうに特別でしたよ.

これと似たような変わった出来事は他にもありました.ガスランプを製造する会社が星の成分のガスを売りだしたのです.自分の好きな星を構成するガスを注文できるわけです.例えば,雄牛座の光を注文できるのです.私は雄牛座,カシオペア座などを注文しました.その惑星に行ったときの光を見ることができるのです.

佐々木── 光の年齢を選べるとして,光を満たす媒質についてはどうですか?

タレル── たくさんの人は私たちが空気の中で生きていると考えているようですが,私は光の中に生きていると思っています.もちろん空気を呼吸しているのですが,光をビタミンBとして吸収もしているのです.光という媒質の中で生きていると言ってもいいのではないでしょうか?

佐々木── 日本の大気の中に充満している光でタレルさんの行動が変わったりするのですか?

タレル── もちろん全然違います.そして人々も違います.前に言ったようにたくさんの人は光について気づかなかったり,考えなかったりします.しかし,だからといってそれに影響されていないわけではないのです.私の個人的見解ですが,私にとっては,一部のヨーロッパの人よりも,日本人,韓国人,台湾人に対してのほうがエントリーをつくることが易しく感じられます.もちろんアイスランドとノルウェーの人たちは光と素晴らしい関わり方をしています.西洋美術においては,光を使ったアーティストのほとんどすべては北方の作家です.もちろんちょっとお金ができて,ちょっと有名になれば,南仏に行きましたけれどもね.フェルメール,レンブラント,光を描いた作家で南仏出身はいませんよ.

佐々木── 光がアーティストをつくったと?

タレル── そうですね.そう言えるとも思います.そうした文化の中では光の良さが認められています.日本の文化は審美的ですね.ここでは人々は抑圧されていると感じていることも知っていますが,私はそう思いません.感覚的,審美的なことは日本の文化に深く関わっていると思いました.料理法,茶道,その他のさまざまなことがそう感じさせます.もちろん,セクシーというのはあてはまらないかもしれませんが,審美的,感覚的という言葉はじつにぴったりだと思います.

佐々木──水戸での作品《ゾーナ・ロッサ》を見たときに僕はあの中に蝶を飛ばしたいと思ったのですが.僕はあの部屋の中で赤い光に近づいたり遠ざかったりしてしまった.そしてその後にしばらく動けなくなった.蝶や犬でも同じようなことをするのかな,と思って.

タレル── ずいぶん長いこと飛行機の格納庫で作品をつくっていたのですが,夜になるとよく窓を開けたものです.鳥が飛び込んできて面白かったですよ.ある夜フクロウがやってきて,ずっと止まっているんです.私はじゃまにならないようにじっと動かずにいました.フクロウも動きませんでした.私はうとうとしてきて横になり,目が覚めたときにはいませんでした.作品はそのままでした.

実際にあったことだろうか,なんて思いましたよ.他の生物がどのように作品を見ているか知るのは難しいですね.ただ,鳥,とくにフクロウは私たちよりずっとよく見えるってことは知られていますが.鷹が旋回をしながら遊んでいるのも見たことがあります.ただ生きているだけでなく楽しんでいるのです.あのフクロウも作品を楽しんでいってくれたならいいんですがね.

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