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特集・サイバーアジア

チェン・ヤンイン


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《ある思想の間にある矛盾
(Discrepancy Between One Idea)》
写真提供=清水敏男

 チェン・ヤンインは上海で活動をしているアーティストである.上海のアーティストは日本ではあまり知られていないが,上海は現在の中国国内で比較的自由に活動のできる場所であり,先鋭的な若いアーティストが集まっている.

 北京もまた若いアーティストが集まっているが,北京は中央政府のお膝下であり,芸術の内容自体が権力との緊張関係そのものによって成立している傾向がある.それに反して上海は権力とのあつれきは少ない.アーティストたちが純粋に美術的表現を追求していくことが可能な環境がある.精神的な深みの探究には南宗の文人画の伝統が生きているのだろうか.彼らの芸術が,近代主義がのめりこんでしまった芸術至上主義の淵に似ていることに驚きすらおぼえる.中国の現代美術を遅れた国の異国情緒として見ようと思う者は,上海では拒絶されるだろう.

 そういうわけでチェン・ヤンインの表現には,人が期待するような中国的なものがない.中国的風物,たとえば毛沢東の肖像がポップ調で出てくるわけでもないし,同じ上海出身のアーティスト蔡國強のように中国数千年の伝統的思想を現代化する,ということでもない.それは一見すると無国籍的である.どこか欧米で見たことがあるような錯覚に陥ることもあるだろう.しかしそれこそが,上海で生まれた現代の表現であるゆえんである.昨年上海で発表され,つい最近,ブリスベーンの「第2回アジア太平洋現代美術トリエンナーレ」で再現された《ある思想の間にある矛盾》はそうしたチェンの最新作である.

 この作品は中央のテーブルにバラの花がびっしりとおかれ,濃密な薫りを周囲に放っている.バラは時がたてば枯れていく.こうした自然の営為を,人は止めることはできない.しかしチェンはそのバラの一本一本に点滴の針を刺しこみ延命をはかるのである.チェン自身の言葉によれば「聖なる希望はこころの生んだ幻想にすぎないのに」人は枯れゆくバラに水をやり続けるのだ.そして人は生き続ける.「欲望と,言語と,目のなかの表現と,触覚と,それぞれの間には矛盾があり,それはどんどん拡大していく.しかしそれを止めることができない.ただ心を傷つけ続けるだけ」であるにもかかわらず.

 チェンはこの作品を「人生と愛について語ったものだ」と言う.しかしそれにしてもこの作品はたいへん官能的である.バラの薫りと茎に差し込まれた針は,性のメタファーだ.周囲には数多くの点滴の壜がつりさげられているが,そこは肉体が官能的に出会う手術台なのだ.水の入ったガラス壜の無機的な美と,最も動物的な臭覚への刺激.その落差から官能の蒸気がただよってくる.おそらくチェンはこの官能のなかに矛盾をとびこえるものを求めているのではないか.人生と愛とを包括するもの,それが絶望せずに芸術を作り続ける意味なのではないだろうか.

 こうした表現はどこからくるのだろうか.はじめに上海の美術は中国的でないと述べたが,それは表現言語レベルのことであって,じつは深いところでは中国の現状から生まれてきていることは言うまでもない.こうした表現は個人の人生を何回となく壊滅させながら進行してきた中国の最近の歴史なくしてはありえないであろう.現在は繁栄を誇る上海も,文化大革命で極限まで追いつめられた経験のある人々が作ったものだ.そういう人々にとって,矛盾のなかでいかに生きるかは最も重要な問題なのである.近代主義的な純粋美術と上海の美術とは類似しているが,じつは根底で大きく異なっているのである.チェンの美術は,絶対的な芸術至上主義から生まれたのではなく,現実の厳しい歴史からはい上がってくる行為と密接に結びついていることを忘れてはならない.

(しみず としお・キュレーター)

■チェン・ヤンイン
1958年中国,上海生まれ.上海油絵彫刻学校彫刻科教授.個展「ボックス・シリーズ」(1994)ほかグループ展にも数多く参加.1989年「第7回中国美術展」で第3席受賞.



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