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特集・サイバーアジア


韓国-近代化から情報化へ  これまでも大きな社会的な動きをつくろうとするとき,簡単な言葉で構成されるキャッチフレーズがよく使われたが,最近韓国で最もホットなキャッチフレーズは「近代化には遅れたが世界化には遅れるな」である.ここで近代化に遅れたというのは,19世紀末の西洋化の波のなかで欧米の文化を受け容れるのに消極的に対応した結果,日本の植民地に転落し,経済発展が進んだのはようやく60年代に入ってからのことだったという歴史的経験を意味する.それに対して「世界化」とは昨今のグローバリゼーションの動きに積極的に対処し,他の国に――主に先進国であるが――遅れをとらないようにするということで,あまり簡単な言葉で構成されているとは思えないが,新たな世界的変革の核心に情報化の波があるという認識がその基層にあり,韓国人にはこれからの生存のために遅れをとってはいけないという切実さがアピールされているようだ.

 このような政策的な色彩の濃いキャッチフレーズが効用をもっていることから,「近代化」が盛んに言われた60−70年代と同様に,情報化の中身に関する議論より,とりあえず情報化という“世界的変化”を動かぬ事実としてとらえ,それを国家的な目標として総力をあげて取り組もうとするのが,いまの韓国社会の雰囲気であり,その雰囲気を主導するのが,“近代化”のときと同じく政府やその関係機関である.そしてそれを象徴するのが10月14日にソウルの大統領府で行なわれた「情報化推進拡大会議」だった.金泳三大統領を筆頭に政府関係者120名が参席した初めてのこの会議では,情報通信産業を21世紀の国家最優先基幹産業として支援育成する,社会・経済各部門の競争力強化と環境・福祉など生活の質を高めるための国家次元の情報化事業を総合的に推進するという「情報化戦略」が発表されると同時に,具体的な投資額まで示された.金大統領のパフォーマンス好きは有名だが――実際この日の会議は一切紙とペンが持ち込まれないペーパーレス形式で,パソコンと画像表示システムを使って進行が行なわれ,また会議後,議事の内容が収録されたフロッピー・ディスクが配られたという――,こうした大統領府を頂点とする官主導の情報化推進政策が韓国社会のコンテクストのなかで当分のあいだ社会各界に波及し,韓国社会を動かす要因になると予想される.

 こうした情報化に関する政府の政策を強力にバックアップしているのが,韓国のマスコミである.かつての「近代化」において政策の広報担当を強制的あるいは半強制的に担わされていた新聞社や放送局などのマスコミは,今回は自発的に情報化政策のスポークスマンをかって出て,世論を先導している.言論の自由化と経済成長に伴って資本主義的な競争原理に目覚めたマスコミは,新聞社間の競争,雑誌の創刊ラッシュ,CATV(1995年から放送開始)や衛星放送(1996年7月に実験放送開始)の登場,パソコン・インターネットの普及などの環境の変化に対し,自らの生き残りのための試みを行なうと同時に,情報化社会へのヴィジョンを連日のように報じている.

 そのような試みの例としては,以前,RealAudioが登場して間もない頃,KBS(韓国放送公社)が人気歌謡トップ5をインターネットにのせて多数のアクセスを記録したことがある.また最近では,10月1日よりMBC(文化放送)がインターネットを通して自局のすべての番組をリアルタイムで放送するサービスを開始した.世界中のインターネット・ユーザーがMBCのサイト(http://www.mbc.co.kr)に接続し,StreamWorksを利用してMBCのドラマ,ニュース,CMなどを視ることができるようになったのである.MBCでは600万人にのぼる国外の韓国系移民と現地の駐在員たちが利用することを期待しているようだが,まず何よりも地上波テレビ局の番組がすべて――ABC,CNNなどの米放送局が一部の番組を流したことはあるが――インターネットを通じて見られるのは世界で初めてのことである.もちろんいままでこのような試みがなかった背景には,著作権問題,スポンサーとの協議の問題などさまざまな課題があったからである.しかし,そういった問題をものともせず新しいものに取り組んでいくことのできる韓国社会の雰囲気と推進力には,成熟した社会ではみられない迫力が感じられる.

image 1......リアルタイムでテレビ番組を
見ることのできるMBCのサイト

 ところで,最も活発な展開をしているのはテレビよりも新聞である.デジタル化の進展とメディアの融合によって印刷メディアの未来が不安視されているのは韓国も同様だが,それを克服するかのように新聞業界は積極的に変化に取り組んでいるようにみえる.新聞社間の部数競争によって増えた紙面の第二面周辺には,コンピュータやマルチメディア関連の記事,インターネットのホームページ紹介記事を載せて情報を提供することはもちろん,情報化政策関連の政府のプランを紹介し,社説を通じて支持する.週に一度はメディア関連の特集を組んで(『デジタル朝鮮日報』など)紙面を増補発行する.学校教育の情報化推進のため「子供にインターネットを」というKidNetキャンペーンを展開し,企業・教育部の協賛を通じて学校でインターネットができるように設備を普及させ,またハングル教材,ホームページの開発といった成果をあげるとともにその結果を継続的に報道してパソコンと関連する教育的関心を呼び起こす,などなど.こうした新聞の活動は国民のデジタル化・情報化への意識転換を迫ると同時に,国家産業として総力をあげて取り組もうとする情報産業政策に対する支持を促している.

 また,最近ソウルの都市景観を変えたのが新宿や渋谷などで見られるような超大型ニュース電光板だが,これも運営の主体は新聞社である.このような超大型電光板は登場してほぼ2年間で20余カ所に設置され,交通量が多いソウルの中心部を占領している.そして,ビデオで取材した映像とテロップによるニュースとCFなどを放映し,テレビ放送に近いものに仕上がっている.10月7日から20日まではこの「ビル群のなかの電子キャンヴァス」を利用して12名のアーティストによるビデオ・アートが繰り広げられ,新聞社による「限定的放送」への試みはますます多様化していくようである.これまで韓国では放送事業と新聞事業はその所有と活動領域が法律で厳しく区分けされていた.しかし,デジタル化という新たな変化に直面した新聞業界は,その生き残りのために衛星放送を含めた放送の領域,インターネットなどを中心とする通信の領域,また放送・通信が融合した新しい領域へも参入を始めている.大企業の放送業への参入をめぐって新しい放送法の制定が難航しているあいだに,法律的に明確な区分が難しく,「新しいメディア」であるがゆえに放置されていた超大型電光板の分野での既成事実化を図って,他領域進出の橋頭堡を確保しようとする新聞業界の狙いがソウルの風景を変えていくのである.

image 2......ソウル市内中心部の超大型電光板

 新しいメディアの登場,デジタル・テクノロジーの進展は,情報化イデオロギーと絡み合い,韓国の政府・企業・マスコミ間の相互作用を引き起こしており,その様態は韓国社会のコンテクストのなかでダイナミックに展開されている.しかし,残念ながらその変化の中心にあって変化の行方を左右する主体としての個人の姿はあまり見えてこない.かつての「近代化」がそうであったように,情報化も上からの押しつけだけが目につく.逆にそれがいまの韓国の実状を表わしているのかもしれないが,個々人の反応が相互作用として明確にされるとき,いまの変革の全貌が明らかになるだろう.

(キム ヤンド・社会情報学)

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