InterCommunication No.15 1996 |
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彦坂――ミュージアムでも,いろいろなテーマがあり,今言われているのは,どちらかというとファイン・アートについてですが,コンテンポラリー・アートやサイエンス,ナチュラル・ヒストリーだとまたまったく違ってきますね. 僕は計画をしたり設計したりするポジションだから,その観点から言うと,動線計画が一番開発されているのがホテルとミュージアムとターミナルで,19世紀にエコール・ポリテクニークがほとんど作ってしまったものに,いまだに則ってやっているわけです.ミュージアムはハードもソフトも,この動線が大きな骨格をつくっている.動線を回路としてモノや情報が運ばれ,整序される.メディアとしての空間にもなっています.先ほどのいわゆる台帳を作る話はどちらかというと古文書館というか,ビブリオテークの延長のようなものだし,実際,モノを見せるというときにはキュレーションというシナリオをもつわけですから,どうしてもシアトリカルな要素がはいりこみますね. ミュージアムというと,シヴィル・アーキテクチュア(民事建築)として一般的に分類されているけれども,ビブリオテークもあればシアトリカルなものもあり,もちろんスクール的なものもあるという,もう少し上位の施設みたいな部分があるのではないかという気がするんです.こうなるとリニアな動線概念も相対化されなければならないし,そこでは動線も交錯したり混線したり,ある種さまざまな情報交通の現場が出現する.その時に,マネージメント側でまさに人がいないというお話もあったけれども,それに対応する,要するにメタ・ソフトを動かせるソフトが美術館の場合なかなか用意されていないというのが現状ではないかという気がしますが,その辺はいかがですか.
高階――まったくそうです.美術館の持っている多層的な,つまり重層的な役割が十分理解されていないんです.つまり,美術館というのは単純に倉庫だと日本では長い間考えられてきたし,今でも基本的にはそう考えられているところがある.もっとも,保存しておかなくてはいけないから倉庫の役割は大事ですよ.それで正倉院みたいに,保存して時々見せるというのが戦後の美術館の,特に国立美術館などの場合にはあてはまる.その理念は予算に表われるわけで,予算を作る時,「では建物を作りましょう」とか,「倉庫は温湿度調整がきちんとでき,設備や防犯をきちんとします」というハード面に出てくるわけです.だから倉庫という考えが非常に強かった.それが大阪万博以後から70年代になって,フェスティヴァル会場,イヴェント会場という意味が出てくるわけですね.展覧会ももちろんイヴェントです.国立西洋美術館も,展覧会などなくて松方コレクションがあればいい,というのが最初の発想だったんです.しかしそうではなくて,やはり展覧会は必要だという方向になりました.展覧会もいろいろありますけれども,観客を呼ぶために,ミロのヴィーナスを持ってくるとか,かなり派手なイヴェント会場としての美術館の役割が今でもあります.これはすごく大事なことだと思っているんです. 彦坂――先生がいらっしゃる上野の西洋美術館を設計したのはコルビュジエですよね. 高階――そう,コルビュジエです. 彦坂――たしか僕の記憶では,1950年代に「上野計画」というのがあって,コルビュジエは美術館と同時に,実験劇場でもあるマジックボックスとかいう文化施設と一体化した複合地区プランを立てているんです.ただ,その全体計画は結局実現しなかった.その代わり現在の東京文化会館ができた.僕が面白いと思ったのは,多分,西洋美術館の動線もそうなっていると思うんですけれども,彼が構想するミュージアムの原理が渦巻き型なんですね. 高階――ええ.彼の美術館は基本的にみなそうです. 彦坂――真ん中に古代があって,だんだん現代に移っていく.いわばクロノロジカルにデータベースを可視化したような. 高階――そうですね.真ん中から入って,回っていく.
彦坂――コルビュジエが1930年ごろ,ジュネーブに「世界都市」というプロジェクトを作ったときも,世界美術館というのを計画しましたが,渦巻きがヴォイドを内側につつみながらせり上がったバベルで,文化複合地区の総合的な情報交通センターになっていた. 高階――そうです.だから東京国立博物館ができているんです. 彦坂――それから上野自体が巨大なターミナルだった.ジュネーブの場合も,当時はヨーロッパにおける航空機のターミナルでしたよね.輸送や通信を中心にしたハード的なターミナルに,情報やコミュニケーションのソフト的なターミナルであるミュージアムが立地し,集約的な文化地区が創造される.先ほどおっしゃられたように,そもそも知的なシヴィック・センター的な役割がありました. 高階――そうなんですね.これも考え方が二つあって,フランスは明らかに集中型ですよね.ルーヴル,オルセー,ポンピドゥーだって歩いて行ける. 浅田――もう広くなり過ぎて疲れ果てる(笑). 高階――とにかく歩いて行けるディスタンスで作ろう,つまり文化施設を集中させているわけですね.僕は,上野も集中したらいいと思っているんです.博物館もあるし,東京都美術館もあるし,前川國男さんの東京文化会館もある.それから音楽堂,シアター,科学博物館もある.もう一つの考え方はこれとは逆に,美術館などの文化施設を街の中にあっちこっち散らした方がいいというもので,集中すると観光客には便利なんです.ロンドンへ行くとテート・ギャラリーは南にあり,国立自然史博物館は北のほうにありで,たいへんでしょう.でも,ロンドンは意識的に散らしたわけですね.これは1851年のロンドン万博の後に美術館をちゃんとやりましょうというのでいろいろ議論した結果なんです.既にある美術館に,例えば,パリにはもちろんルーヴルがあったし,ドイツもプロシアのコレクションがあったので,どういうふうにやっていますかといろいろ聞いたらしい.それでいくつかの美術館を集中するよりも,なるべく散らすという方向に計画が決まったわけですが,それは外から来た観光客やビジターには不便だけれど,地域の人にはいいというのがひとつの目標だった.つまり,一カ所にあると,遠く離れた人はなかなか美術館に行かないんです.これは統計的に,パリの人は美術館になかなか行かないけれども,ロンドンの人は非常によく行くという点にも現われている.ルーヴルだと,パリの人よりも観光客が圧倒的に多いという統計も出ているんです.美術館に関して言えば,ロンドンでは地域住民が使うのが非常にパーセンテージが多いんです.そして地域住民が自由に使えるように,イギリスは今でも入館料を無料にしているでしょう.これは考え方の問題だけれども,自由に入れる,ちょっと買い物帰りでも入ってください式に美術館が運営されているわけです.そういう利用が大事なんだというわけですね.フランスの場合には集中して,「いいものがありますから,さあ来てください.お金もとるけれども」という式ですね.そういったふうに,両方の考え方があり得ると思うんですが,上野に関して言えば,せっかくこれだけのお山があって,やっぱり歴史的な蓄積があるから,ひとつの文化ゾーンになり得ると思っているんですよ.ただ,西洋美術館の管轄は文化庁ですよね.お隣の科学博物館は文部省,国立博物館は文化庁だけれども,文化会館は東京都なんです.そうすると,何かやりましょうといっても,例えば工事ひとつやるにしてもたいへんなんです.西洋美術館は今工事中で,地下を掘っているわけですが,地下は,東博も科博も掘っているんです.さらに,東京都は地下リハーサル室を掘っている.だったら地下を全部つなげたらいいじゃないかと思うんですが,それができない.上野の山というのは非常にうまくできていて,科学博物館,西洋美術館,東京文化会館は一直線につながる.この線がひとつの線で,これをずっと延ばすと皇居にいくわけです.それと平行に東京都美術館があって,そのちょうど真ん中の奥に博物館がある.それぞれ違う役割の建物ですけれども,その全体の規模は,実はルーヴルと同じくらいなのです.文化会館,西洋美術館,科学博物館がセーヌ河沿いのギャラリーとすれば,東京都美術館がリシュリュー翼で,国立博物館が方形の庭のギャラリーにあたる.だからこれをひとつの美術館だと思ってやればいいと,アイデアとしては思っているんです.しかし,実際には行政的になかなかむずかしい.ああいう文化ゾーンが必要だということは,おっしゃるとおりだと思うんですけれども. 浅田――パリの巨大な美術館ブロックはもちろん,ワシントンでも,モールの両側にスミソニアン・インスティテュートのさまざまなミュージアムが林立していることで,ずいぶん大きな財産になっていますよね. 高階――ええ,財産ですね. 彦坂――ICCの入るオペラシティ自体がコンサートホールやアートギャラリーと一体化した複合街区になっている.本来から言えば,それら施設館のアートプロモーションが大変重要だと思います.
浅田――上野もこれだけきれいに緑のスペースが残っているわけだから,高階さんの言われるような形で再開発できれば非常にいいのではないかと思いますけれど,ICCの方は,新宿のNTT本社と東京第二国立劇場の間にあるということで.既存の文化ゾーンとはちょっと違うとはいえ,それだけに新しい文化ゾーンとしての発展が期待されるし,それ以上に電子情報網を通じてグローバルな広がりを持てればいいでしょうね.そういう多様なレヴェルが重なってこそ新しい文化都市の発展が可能になるのだと思います |