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1997年9月19日(金)〜 10月5日(日) [終了しました.] ギャラリーD





はじめに


ミニマル・ミュージックの祖のひとりとして,20世紀を代表する作曲家であるスティーヴ・ライヒとヴィデオ・アーティストのベリル・コロットがコラボレーションによって制作したドキュメンタリー・シアター・ミュージック≪ザ・ケイ ヴ≫は,1993年5月のウィーン・フェスティヴァルを皮切りに,ベルリン,ロンドン,ニューヨーク,パリなどをすでに巡回し,大きな反響を呼んできま した.
このたび,NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)では,≪ザ・ケイヴ≫の公演(企画:ICC,主催:「The Cave」日本公演実行委員会/Bunkamura,会期:1997年9月18日(木)— 21日(日),会場:Bunkamuraシアターコクーン)にあわせて,ヴィデオ・インスタレーション版を日本初公開します.
≪ザ・ケイヴ≫は,旧訳聖書(創世紀)とコーランで物語られるアブラハムとその家族をテーマとしてフィールド・ワークされたドキュメンタリー・ヴィデオを素材としています.
「あなたにとってアブラハムとは誰ですか?」「あなたにとってサラとは?」
「ハガルとは?」「イシュマエルとは?」「イサクとは?」
繰り返される5つのシンプルな質問に答えるのは,イスラエルのユダヤ人(第1幕),パレスチナのアラブ人(第2幕),ニューヨークとテキサス州オースティンに住むアメリカ人(第3幕)です.
スティーヴ・ライヒの≪イッツ・ゴナ・レイン≫(1965)など初期ミニマル・ミュージックでは,音素材の単位を単純に繰り返す複数のループが異なる速度で重ねられ,ゆるやかに移行する位相差が豊かな音響を生みだしていました.≪ザ・ケイヴ≫においては,5つのシンプルな問いが,異なる宗教,歴史,文化的背景を持つ個人の「語り」を通して反復し,他者性を多次元的にオーヴァーラップさせ,複数の視線を露出させます.また,同時に,個々の「語り」は,人間として共通する普遍的な次元も示しています.
ライヒが,質問に答える人々のプロフィールとしての「語り」のメロディを,サンプラーを用いて採譜したうえでオーケストレーションし,それを元にコロットが,コンピュータによって5チャンネルの映像へと織り上げていく過程は,まさに,マルチメディアの対位法とでも言えるでしょう.この織物においては,「語り」のメロディに,声楽,器楽,手書き文字,リズミカルなタイプ音を伴う創世記の文字などの映像モチーフが共鳴しています.
公演では,顔(トーキング・ヘッズ),衣服の断片,あるいは,モスクの内部や洞窟の映像が巨大スクリーンに投影され,生の演奏者を同時に包み込む叙事詩的な舞台空間を現出させています.一方,映像と音楽がより一体化された形式のICCでのインスタレーションでは,公演より明るい画像を得られる27インチのヴィデオ・モニター5台によって,等身大の人々が語る表情のニュアンスを深めています.また,一日数回繰り返されるインスタレーションは,公演における劇場的な一回性とは別の位相で,「語り」の複数性を体験させ,映像と音楽,歴史と文化,宗教と政治といった多次元的な織物にふさわしい読みの空間を提供するでしょう.

上神田敬(ICC学芸員)