音や聴取は社会政治的および歴史的に構築されたものと捉える作家が,蝋管録音を起点に,録音メディアに内在する政治性を問い直す三作品.19世紀末から20世紀初頭にかけて,蝋管に録音された朝鮮の伝統音楽やアメリカにおけるアイルランド移民の歌を手がかりに,ノイズ除去による断片化,蝋管への再録音,AIによる女性合唱への変換といった手法を用います.これらのプロセスを通じて,録音が声を記録すると同時に排除してきた構造を浮かび上がらせます.
「未来の聴取者へ」と題された三作品は,蝋管式蓄音機に記録された歌をめぐり,その記録の背後にある歴史や忘却の過程を読み解き,録音技術によって保存された声と,記録され なかった声の存在を問い直します.
《未来の聴取者へ 1》は,1896年にアメリカの人類学者アリス・フレッチャーが蝋管に録音した朝鮮の伝統音楽《Love Song: Ar-ra-rang 1》を題材とする映像作品です.作家は音声 編集ソフトウェアでノイズ除去を繰り返し行ないますが,歌そのものもノイズとして認識され, 音は次第に断片化していきます.《未来の聴取者へ 2》では,作家自身が同じ歌を蝋管に 再録音し,20世紀初頭の蓄音機で再生します.《未来の聴取者へ 3》は,20世紀初頭のアメリカで録音されたアイルランド系男性移民の歌を,デジタル技術によって女性たちの合唱 へと変換する作品です.移民の歴史が男性中心に語られてきたなかで,記録に残されなかった女性移民たちの存在に着目しています.
三作品は,劣化した音声,再録音された歌,そして記録されなかった声への想像を通して, 録音技術によって何を遺し,それにより何が忘却されてきたのかを問いかけます.そして,記録を遺すという行為が,選別と排除の上に成り立っていることを改めて気づかせてくれます.