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ICC コレクション

《ライフ・スペイシーズ : コミュニケーションとインタラクションの進化的環境》 [1997] “Life Spacies: An Evolutionary Communication and Interaction Environment”

クリスタ・ソムラー&ロラン・ミニョノー

《ライフ・スペイシーズ : コミュニケーションとインタラクションの進化的環境》

作品解説

何も置かれていない二つの部屋で二人のコミュニケーションが生む仮想世界.身体の位置,移動,身振りに反応して人工生命体が生まれ,成長し,相互に対話しながら変容していきます.インターネットを通じて送られてくる電子メールのメッセージが遺伝子コードとして取り込まれることによって,観客は世界へと繋がれていきます.


後援:ATR知能映像通信研究所(京都)

アーティスト

展示情報

関連情報

作家の言葉

コンセプト

《ライフ・スペイシーズ》は,インタラクション(相互作用)とコミュニケーションの場である.そこでは,進化する形態や映像を通して,離れた場所にいる観客が相互に影響を及ぼし合うことができる.

《ライフ・スペイシーズ》は,観客の身体の移動,動き,身振りに反応する人工生命体が住む三次元の複雑な仮想世界へと観客自身を組み込んでしまう.人工生命体同士もまた相互の対話を通して人工的な世界をつくりあげる.そこでは現実の生命体と仮想生命体とが相互作用と交換を通じて緊密に関連しあうことになる.

《ライフ・スペイシーズ》ウェッブ・ページは,世界中の人々がこのシステムとインタラクティヴな関係をもつことを可能にする.電子メール・メッセージをつくり《ライフ・スペイシーズ》ウェッブ・サイトに送るだけで,自分自身の人工生命をつくりだすことができる.それらの生命体はICC館内の《ライフ・スペイシーズ》環境で生命を帯びて活動しはじめ,そこを訪れた観客はこれらの生命体と相互作用を行なうことができる.

人工生命体の種類

人工生命体は二通りの方法で産み出される.

a) 世界中から送られてくる電子メールメッセージによって.それらは,さまざまな生命体の遺伝子コードに翻訳される.
・一つのメッセージは一つの生命体となる
・複雑なメッセージは複雑な生命体となる
・複雑さのレヴェルの相違が種の違いとなる

b) 生命体自身の増殖と遺伝子変換によって.
・増殖を行なうことによって生命体は自己の遺伝子タイプをシステム内部に繁殖させ,異なった種の集団を形成することができる.

進化の設計図

《ライフ・スペイシーズ》は進化論的な設計の概念に基づいている.それはアーティストがあらかじめ生命体の構造を設定するのではなく,観客との相互作用や,進化的プロセスそのものによって決定されることを意味する.つまり,世界中の人々から送られてきたメッセージや,生命体自身の増殖と進化によって生命体がどのような形を取るかが決定されるのである.それゆえ,生命体がどのように進化するか,あるいはどのような種類の生命体が《ライフ・スペイシーズ》に出現するかを予測することはできない.それはメッセージを送ってくる人の数,それらのメッセージの複雑さ,ICC館内の《ライフ・スペイシーズ》環境内でどのように生命体が増殖するかにかかっている.ICCのために委託されたこの作品は,一年間にわたって展示されるので,作品と生命体の種がどのように進化するかを検証するすばらしい機会となるであろう.

非決定論的・多層的相互作用

《ライフ・スペイシーズ》は人間と人間,人間と人工生命体,人工生命体と人工生命体,人間と環境,人工生命体と環境,生命と人工生命体といったさまざまなレヴェルで相互作用や相互関係,そして変換が行なわれるシステムである.

《ライフ・スペイシーズ》に人間が及ぼしうる相互作用には二つの種類がある.

a) 生命体の創造:
世界中の人々が送る電子メールメッセージによって,生命体の遺伝コードが形成される

b) ICC館内で生命体と相互作用を行なう:
観客の身振りや身体の移動が検知され,生命体の行動に影響を与える.

生命体は訪問者に関心を示して近寄ってくるかもしれないし,訪問者があまりに攻撃的だと怯えるかもしれない.また,踏みつけられると死んでしまうかもしれないし,訪問者が増殖の手助けになるかもしれない.

相互作用の規則は非決定論的かつ多層的なものなので,現実の生命体も,仮想生命体も,(ICC館内に)現実に存在するものも,(ネット上のユーザーや,コードとしての生命体のような)仮想的に存在するものも,それぞれが複雑な生命的システムのなかの等しく重要な存在とみなされるような開かれたシステムが産み出される.

「生きたシステムとしてのアート」

ボーアによれば,世界とは分割しえない動的な全体であり,そこに属するそれぞれの部分は素粒子レヴェルで本質的に関係しあっている.重要なのは,素粒子のもつ二重の性格である.つまり,素粒子とは相互に補完的な二つの現実描写なのであり,どちらもが部分的には真実なのである.

存在物の間の相互作用と相互関係は本質的に生命(体の)構造の駆動力となるという洞察に基づき,ソムラーとミニョノーはアーティストとしてそのような相互作用と創造プロセスを探求している.創造はもはやアーティストたちの内なる創造性あるいは(ヘーゲルの)“ingenium”の表現として理解されるものではなく,それ自身が観察者の意識と作品のもつ進化する動的で複雑な画像処理との相互作用に基づいた,本質的に動的なプロセスとなる.そのプロセスそのものが,進化と動的かつ非局所的な相互作用(=「生きたシステムとしてのアート」)という人工生命の原理に基づいているのである.

(クリスタ・ソムラー&ロラン・ミニョノー)

作家紹介

クリスタ・ソムラーとロラン・ミニョノーは,フランクフルト州立大学ニューメディア研究所の大学院生だった1993年に制作した作品《Interactive Plant Growing》で注目されて以来,人間と他の生命あるいは生態系との相互作用,さらにそのようなシステムを介した人間同士のコミュニケーションをテーマにした優れたインタラクティヴ作品を次々に送り出し,インタラクティヴ・アートの作家として高い評価を確立した.その作品のキーワードは,インタラクティヴィティ,コミュニケーション,ヴァーチュアル・リアリティ,そして人工生命である.

とりわけ,ソムラーとミニョノーの作品の特質は,自然や生命へのかかわりの深さである.愛情の深さと言ってもいい.彼らの作品はA-Lifeアートに新しいジャンルを拓いたが,それは作品のインターフェイスが植物や水といった自然の事物であるだけではなく,ヴァーチュアルな生命体の発生と生育が人間と自然とのインタラクティヴな共同作業によって引き起こされ,植物や人間の感情,気分や気まぐれなどのむしろ非計量的な要素を取り込んでいくことにある.また彼らのアプローチは,コンピュータのなかに生命を飼育するのではなく,むしろコンピュータを介して人間と(仮想生物を含めた)他の生物との自然なコミュニケーション(たとえば手で触れる)を実現することであり,それは必然的にインタラクティヴな形態をとる.

インタラクティヴ・アートの歴史に残るであろう名作《Interactive Plant Growing》では,来場者が鉢植えの植物に手を近づけたり触れることによってスクリーン上にヴァーチュアルな植生が育つ.この作品においてすでに見られる,コンピュータの介在を意識させない自然なヒューマン・インターフェイスと高度なインタラクティヴ性は,以後の作品においても特徴的で,ヒューマン・インターフェイス・デザインが作品のテーマ性との首尾一貫性を保ちつつ,実空間と仮想空間とのリアルタイムな一対一対応を実現している.

同じく代表作の一つである《A-Volve》(1993–94)では,《Interactive Plant Growing》よりもさらにダイレクトなかたちで参加者のイマジネーションに生命を与え,同時に責任も課す.タッチ・スクリーンで描いたスケッチがそのまま仮想生命体として水槽に泳ぎ出し,その体型に起因する生命力や敏捷性に応じて,同様につくられた他の生命体との間に生存競争を展開してゆく.それに対し,参加者は水槽の水に手を入れて仮想生命体を捕らえたり保護することでさらなるインタラクションを起こすことが可能である.優勢な生命体は他との間に子を残すことができ,子は両親の形質を受け継ぐ.生態系及び遺伝アルゴリズムに生物学的整合性を取り入れると同時に,高度なVR技術をきわめて人間にやさしいインターフェイスにより実現した.特にVRにおいて困難な部分である触覚を巧みに生かしている.《Phototropy》(1994)においても,ごく普通の懐中電灯をインターフェイスにして仮想の蝶の群れと参加者とのインタラクションが実現するのである.

「アルス・エレクトロニカ ’96」で発表された《Gemma》はいままでの作品とは多少異なり,参加者がインタラクティヴに生物の形態をデザインすること自体に重点を置いたシステムである.参加者はメニューを操作して,さまざまなデジタル動物相——スクリーンの漆黒の空間中に三次元動画像として映し出される,仮想の生物でありながら実際にいそうな動物たち——をつくりだす.体節や触覚の数や位置,色や模様のパターンを自由に選択することによって仮想生物が生成され,デザインされた形態に応じて力学的に計算された動きを示す.ソムラーとミニョノーの作品ではたいてい言えることだが,この作品でもコンセプトとその具体化とのあいだに見事なバランスが保たれている.

(草原真知子)

作品一覧