《孵化日記》は,スミナガシという蝶の幼虫を探しに出かけ,採集された幼虫を育てる過程といった,タイトルに示されるような蝶の採集,飼育の記録を中心にして構成された映像ドキュメンタリーと言えます.しかし,そのような記録を軸にしながらも,映像には,妹の卒業式やピアノの発表会,青柳が家族と,あるいは一人で行った旅行などの記録のほかに,他者の持つカメラがとらえた青柳自身が登場する映像が挿入されています.複数の異なる時空間がパラレルに,または錯綜して,いくつもの伏線が接続されたうえに,本人のモノローグが重ねられることで,ある「日記」——青柳本人いうところの「メタドキュメンタリー」——が紡ぎだされ,全体的には,ある種の成長譚ともいえるような独特な物語性を獲得しています.
作品は,複数の画面をひとつの映像空間内に構成したり,映像の投影されるスクリーンを展示空間の中で配置したり,といった手法によって,作家の過ごした時間がさまざまな眼差しによって記述,再構成されます.そうすることで,青柳は,日記という記述方法の性質を問い直し,ごく日常的に映像撮影装置を扱うようになった現代のナラティヴのあり方について,探求を続けています.
この《孵化日記》は2011年から継続して制作されており,今回の展示では,何度も訪れた山へ再度スミナガシを探しに行き,過去の2014年から16年にかけて撮影された「孵化日記」シリーズの素材を含めて再構成した新作として展示しました.