さまざまな場所でフィールド・レコーディングされた自然の音,環境の音などによって構成されたサウンドスケープが空間に響いています.そのサウンドスケープの中心に,パラフィンで作られた流氷のような造形物が水槽の水の中に沈んでいます.水槽の中では,青白い光が有機的な鼓動か呼吸のように明滅し,生命的な脈動を感じさせます.
《Hyperthermia——温熱療法》では,上村が世界各地の海でフィールド・レコーディングした音,地球温暖化によって減少しているオホーツク海の流氷音,その流氷の海中から聴こえてくるクラカケアザラシの鳴き声,そして「流氷鳴り」という流氷の減少によって聴くことが難しくなっている音を,知床の人々による口笛や吐息によって再現した音からサウンドスケープが構成されています.また,水槽の中の造形物は,流氷あるいは氷山を模したもので,石油由来の物質であり,温熱療法にも使用されるパラフィンという素材に着目し,それを発熱によって温暖化する世界と温熱によって治癒される身体を示唆するものとして象徴的に扱っています.
上村は,フィールド・レコーディングという手法を用いて,さまざまな自然環境を訪れ,その場の音を聴くという行為を通じて,それを人間の理論を超えた世界を捉えるための方法として制作を行なっています.それはまた,変わりゆく地球の姿と対峙することでもあり,その作品は,録音者としての上村の経験を感覚的に共有することで,私たちが生きる地球環境のエコロジーとその未来を想像することを促そうとしています.
協力:北海道大学 CoSTEP